香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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溺愛編

訪問4

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 思いがけずカイの名前が出たことにヴィオはこぼれんばかりに目を見開きありありと動揺した。セラフィンは想定していたようにいつも通りの怜悧な表情を崩さぬままだ。

「お前と番って中央で暮らすことになったら、お前のことを助けてやって欲しいってな。リアでなくお前を指定してきたからにはきっとお前はオメガなんだろうと薄々思っていた。これであの里にも少しは活気が戻るだろうかとか、まあ無責任に少しは喜んだかな」

「……」

 カイとのことはカイと父との会話を盗み聞きしただけで、直接話を告げられたわけではない。もちろん里のものたちの反応を見聞きしたわけでもない。だが兄からこんなふうに言われるとは思わなかった。

「フェル族の男にとっちゃ、一族の女ですら華奢すぎる。その点男のオメガは頑丈で美しく、全力で愛せる稀有な存在だ。はじまりの里長と同じ、村の守り神みたいな神聖な存在でもある。堪らなく魅力的だろうな。俺の知る限りじゃ里に男のオメガが生まれた記憶はない。それだけ希少だってことだ。里があんなことになった後に里長の家に男のオメガが生まれたら、やっぱりみな期待しちまったんじゃないか? アルファだって、そう数が多いわけじゃない。従兄弟同士でカイがアルファでお前がオメガなら、間違いなく満場一致でお前の番に選ばれたはずだ」

(やはりカイはヴィオがオメガと検査前から気が付いていたのだろう)

 自分もアルファであるから、セラフィンにもヴィオがオメガとすぐにわかった。カイはきっともっと早くからヴィオがオメガだと気が付いていたはずだ。

 ヴィオにもそれは薄々わかっていたようだ。切なげな横顔がそれを物語っている。ヴィオは先を見据えてヴィオを守ろうとしてくれたカイの思いに触れ、胸がつきんと痛んだ。カイとはすれ違ってしまったけれど、ずっと従兄として大切に想いあってきた時期があった。ヴィオは心が乱れた時のいつもの癖できゅっと唇を噛む。

「ヴィオ? お前だってわかっているだろ。里が昔のまま残っていたら、むしろ一番困っていたのはお前だろうな? 山奥の里の中で、長が決めたアルファと番って生涯を過ごすことになった。生き神様みたいに大切にはされたろうがこんなふうに出歩く自由はなかったろうな」

 セラフィンと番うことに対して自分自身にはなんの迷いもない。しかし里に戻った時に周りの反応は敢えて考えないようにしていた。親族には今でも口うるさいものもいる。ヴィオが里長とカイとの約束を違えて勝手に番を作ってきたなどと言ったらあれこれと口を出されるかもしれないと思ってはいた。昔ほど求心力は持たないまでも里長や家長が決めることが絶対だと考えるものは年寄りには多いのだ。でも煩いだけで別にそれがヴィオたちの障害にはならない。その程度のことだと思っていた。しかしこうして突きつけられるとまだ若いヴィオは言い知れぬ不安に慄きかけた。

「……兄さんはどうして里長にならなかったの?」
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