香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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溺愛編

訪問3

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 ヴィオは言いたいことが言えたといったふうに気が済んだように晴れ晴れとした笑顔で軽く座り心地の良い椅子に腰かけると、グイっとセラフィンの服の裾を引っ張ったので、サンダは途端にセラフィンを見上げてにやにやとした。

「はは。天下の名医も若い番の尻に引かれて形無しだな?」

 セラフィンはそんなからかいも物ともせず、サンダをも魅了するかのような艶然とした笑顔を贈った。隣に座るヴィオの手の甲に自分のそれを添え重ね、気障とも見えぬ自然な仕草で握りつつ持ち上げる。そして兄の目の前で臆面もなく指先に口づけたのだ。

「彼に私をただ一人の番と選んでいただけて身に余る幸せを得られました。この先の私の人生は全て彼に捧げたいと考えています。それほどの価値が貴方の弟さんにはあるのです」

 ヴィオが興奮から大きな菫色の瞳をゆらゆらと揺らすが、セラフィンはそれを色っぽく見つめ返して愛おしい彼に笑いかける。
 ヴィオはそんな風にセラウィンに言ってもらえるような価値が果たして自分にあるのか分からずに、先ほどの堂々とした姿は消し飛んではにかみながら可憐に小首を傾げていた。しかしセラフィンはうっとりとヴィオを見つめて何度見ても美しい笑顔を絶やさない。

 サンダがそんな二人の仲睦まじい様子にあてられぬはずもなく。気取らぬ姿を見せ始めて頭をぼりぼりとかいた。気さくだがやや皮肉気に無精ひげのはえた口元でにやりと笑う。兄という人の人となりがつかめずにぼうっとするヴィオを尻目に、セラフィンはこの先は推し続けて一歩も引かぬ姿勢を見せるため、長い脚の両ひざに膝を置き身を乗り出した。

 年若く田舎育ちのヴィオが中央でのソート派の一族がどのような立場にいるのかをよく知るわけはない。ただ漠然と、母の実家だというぐらいの印象しか持ち合わせていないだろう。セラフィンにとっては母方の血筋である東西南北の辺境伯、および中央のランバート家は中央の都市計画進めるうえで立役者となった一族。そして父方に特に意識せずとも難なく色々な情報が集まりやすい議員を兄に持つ。本人がどんなにモルス家と距離を置こうとも、やはり一族に名を連ねている以上、ヴィオをセラフィンの番にするにあたり、モルス家がヴィオの母方の一族についても調べないはずもない。それとはなしにセラフィンはヴィオの兄たちのことを知りえていた。

(もともと中央の湖畔地域はこれほど栄えていたわけではない。運河が引かれるまではただの田舎の湖と変わらなかった。戦前、多くのフェル族が人夫として雇われたの運河の工事に始まり、川沿いの肥沃な土地での果物農家、動物園や遊園地などの興行、観光客目当ての商店やホテルの経営、それらすべてにフェル族のそれぞれの派の力を集結させて、中央のランバート家や鉄道でも有名なラズラエル家ともうまく折り合いをつけながらここまでのし上がってきた。ソート派が持つ求心力は大きい。未だその頂点に立つクインに重用されていたヴィオの叔父の片腕。並の男ではないと肝に銘じなければならない)

 セラフィンが一見微笑みを絶やさずに、しかし遠慮なく放つアルファとしての圧を肌感覚で感じてはいるのだろうがサンダはまるで顔に出さない。

「まいったな。初対面でこんな美人にこれほどまで熱烈に惚気られるとはな。ヴィオも先生に惚れ込んでるみたいだし、他のアルファは付け入る隙はないということか。うちのアホ倅も昨日初めて年頃の近い、番のいないオメガに出会って、なんだかおかしなことになったとディゴから聞いたぞ。確かにヴィオはえらく綺麗だが、俺にしてみたらお前は母さんに瓜二つでなんだかな。こうして見てるとあれだな。少し妙な気分だ」

 どこまで昨日のアダンとの一件を知っているのかは分からないが、痛い目を見たヴィオは頭の瘤を無意識にさすった。

「僕は母さんに似ているの? 里でも皆に言われていたよ」

 そういうサンダの顔は父に似ているが、鼻の形やがっしりとした輪郭など違う部分も多い。この違う部分は祖父に似ているということなのだろうか。

(でも声はそっくり。父さんと話しているみたい。離れてまだそんなにたってないのに……。懐かしい)

 兄の眼が優しく細められ、ヴィオの顔立ちをしげしげとみられたので、ヴィオはまた赤くなって思わずセラフィンの方を向いてへへっと笑った。

「似ている。瓜二つだ。その目の金の環っかがなければほぼ母さんと言っていいほど似ている。若い頃の姿にそっくりだな。背丈はもっと小さかったけれど、そこに立っている姿は、正直心臓が止まるかと思った。しかし、まあ、あんたみたいな優男が活きのいいフェル族の軍人からよくも番を掠めとれたものだとある意味感心した。命知らずだな? 先生。嫌いじゃないぜ」

 途中からはセラフィンに向けた言葉だったようだった。カイの話はいまだヴィオにとっては触れられると痛む弱みに当たる。ヴィオが口ごもっている気配に逆にセラフィンが余裕綽綽といった日頃の鷹揚な口調を取り戻した。

「カイ君のことでしょうか? そうですね。この通り、私たちは愛し合っておりますので、彼は丁重に説得し諦めていただきました」

 いけしゃあしゃあとセラフィンもある種、人を食ったような笑みを浮かべている。ヴィオをめぐる二人の男たちは次第に腹を割った互いに遠慮ない雰囲気になってきた。

「まあ、な。里を捨てた俺には何の口出す権利もないとは思うが、一族の他のものは違っているだろう? ヴィオがオメガだったらカイと番わせて行く行くは里長にさせる。それが一番丸く収まると考えてたんじゃないか? カイもその気だったはずだ。カイがその気ってことは里長の許可もとっていたはずだな? あいつ俺のところに挨拶に来たぞ」

「……カイ兄さんが、ここへ……」

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