香りの献身 Ωの香水

鳩愛

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溺愛編

訪問2

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面と向かってセラフィンにその事実を突きつけてきたものは初めてだった。ここを訪ねることにはリスクもあるとセラフィン自身感じていたことだ。そのうえでもヴィオが望むならと乗り込んできた。ヴィオから愛されている実感と自信がなければできなかったことだろう。

(そう、それでも避けて通れない。ヴィオ自身の価値を周囲から知らしめられたとしても、ヴィオは俺を選ぶと確信している。自信がなければヴィオを番にしようなどと思わない。ヴィオは、俺の番。誰にも渡さない)

「先生?」

決意が指先に溢れて強く握ってしまったことでヴィオが少し痛そうに手を動かしたので慌てて緩めた。セラフィン自身サンダとの対面にある種の緊張を覚えていたことはヴィオには悟られたくはなかったが事実だった。

「さっきまでの屋敷にはグレイと貴方の叔父様のルミナと妻のダナが暮らしているわ。娘のダニア……。貴方の従姉は結婚して屋敷を出ていったから今はあそこには二人だけ。こっちの屋敷はクインと息子のバランとその妻の私、孫のディゴは最近運河沿いにある自分の店の近くに住んでいるわ。この建物の奥にサンダと奥さんのフレイの屋敷があって、そこには昨日あなた方があったアダンも住んでいるのだけど……。最近はディゴのところに入りびだって。難しい年頃だからフレイも扱いに困るって零していたわよ。なんだかあなたにも迷惑をかけたらしいわね。ディゴが全部は教えてはくれなかったけど……」

別の廊下に出ると今度は現代的な洋館に入っていった。暖かなランプで照らされた廊下。急に明るくなり目に眩しいほどだ。用意されたスリッパに足を通すと絨毯の敷かれた廊下を歩く。左側に上の方に嵌まった窓の外に森の木々が見える。
「サンダ? ヴィオ君とモルス先生がいらしたわよ」

グレイに言うよりももっと砕けた調子でチュラが今度はモルス家にあるのと変わらないようなドアをノックした。

中から低い男性の声で応答があり、その声が父に似ていることにヴィオは思わずセラフィンの手を再びぎゅっと握りなおす。

「お食事は後で皆でいただけるように用意しています。フレイは今日は仕事で帰りが遅いの。もうそろそろお産のはじまる動物がいるんですって。動物園の飼育員をしているのよ」
「ええ!! 動物園で働いてるんですか!」

今日一番興味深い情報にヴィオが雄たけびを上げたところで中にいた人物が驚いたような顔をして立ちあがったのが見えた。

「あ、え。兄さん……。初めまして」

何も言わずに兄は大きく頷いて会釈をしてくれた。背丈は父やセラフィンより些か小さ目でその代わりよりがっしりとした体格だ。目元の深く刻まれた皺、よく日に焼け浅黒い肌。黒々とした髪と瞳の形は父のアガに似ている。そして息子のアダンにもその面影はあった。サンダも緊張気味なのか、兄弟の再会は重苦しく、セラフィンとは4つほどしか年が変わらぬはずだがサンダはずっと年嵩に見えるほどだった。

「初めましてか……」

眩しいものでも見るように瞳を細めたサンダは、やや複雑な顔をしてそう呟いた。ヴィオはしまったと顔を赤らめる。

(そうだよね……。兄さんにとっては多分僕は初めましてじゃないよね。流石に赤ちゃんの時は見ているはずだよね)

しかしどういっていいか分からずにどぎまぎしていると、セラフィンがやや前に進み出てくれて麗しく挨拶をしていった。

「セラフィン・モルスと申します」
「大叔父の脚をあそこまでよくしてくださった大先生だと噂はかねがね。その節はありがとうございました。しかしどうして二人がここに?」

ディゴが二人の話をどのように伝えたのかは分からないが、チュラの先ほどの様子では二人の関係性を大体把握していたはずだ。その上で問うてくるのだからセラフィンの口から直接聞こうと思っているのだろうか。

一緒に育っていなくても末の弟のことを案じていたかもしれぬ兄との対面だ。
セラフィンが形良い唇を開きかけた時、ふと視線をそらしたサンダが自分が座っていた応接用の籐で編まれた涼し気なソファーの前の席を差し示して促した。

「ああ、すまない。まずは座ってくれ」

出鼻をくじかれたセラフィンはサンダが思った以上にこちらを警戒しているとふんで自分も相手の出方をうかがうか、それともなくば主導権を握って話を勧めようか思索した。

(ヴィオと里とは一線を引いてきたような人物だ。頭ごなしに反対をされるとは思わないが、ディゴくんのお母さんでさえあんな口ぶりだ。ヴィオが希少なフェル族の男性オメガであることが知れ渡ったら色々口出しをするものは現れるかもしれない)

そうなってくるとこの後は早々にドリの里にいくか、それともなくばヴィオの気が変わらぬうちにモルス邸で番にしてしまうか。そんな後ろ暗い考えまで頭を過りかけたが、隣に立つ恋人の様子は違っていた。ヴィオは背筋を伸ばすとサンダをまっすぐに見据えて良く通る声できっぱりといった。

「先生は僕の婚約者です。初めての発情期が来たら番になる約束をしています。ですから同席していただきました。だって僕の番になったら兄さんとは兄弟同然でしょう? 違いますか?」

サンダを見つめる瞳の中で金色の環が瞬時に虹彩に広がり、無意識に相手を威圧する。その瞳の耀きにはサンダすら息をのんだ。久々に見た里の男の中の男の放つ、気高い光。自分にはついぞ持ち得なかったその力。ヴィオの男らしい毅然とした姿はセラフィンすら一種頼もしいと思わざるを得ないほどの風格を放ち、親子ほど年の離れた兄に対しての引け目など全く感じられない。ここにきてセラフィンはまだヴィオの気持ちを信じつつも自分の中の小さな不安に屈してしまいかけた自分の迷いをせせら笑った。

(ヴィオの方がよほど、俺よりも男らしい。この年までふらふらと万事迷い続けてきた俺よりも、若くても一本筋が通ったヴィオの逞しさが勝っているということだ。こういうところが、余計に惚れてしまうな)

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