香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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溺愛編

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 分かりやすくし四角い回廊になっているのかと思ったらそんなに単純な建物の構造をしていなかったらしい。角の途中から扉を開けたら別の建物への外廊下へ繋がっていた。傾斜になった土地であるからすぐに階段に切り替わっている。木々の先に川がさらさらと流れる音がして、ヴィオは思わず暗がりに目を凝らし足を止めてしまった。

「川の音がするでしょう? この先の沢に滝があるのよ。昼間に一度見に行くといいわ。晴れた日には滝つぼに虹がかかってとてもきれいなのよ」
「ここは中央だけれど、凄く自然豊かで、本当に美しいところなのですね。母さんが育った場所はこんなところだったんですね……」

 しかしそれには廊下を出る時に足元に置かれたぼんやりとした明かりを放つ行燈を手にしたチュラがゆっくりと首を振った。

「いいえ。貴方のお母さまはこの湖畔にみなで移り住む前までしか一族と共に過ごしていなかったのよ。私も世代が違うから残念ながらお母さまとの面識はないの。サンダとは学生時代の仲間みたいなものね。年が同じなのよ。ゲツトも一つ年下だったから仲良くしていたけど、彼は飛び級してあっという間に卒業していってしまったからね」
「え、そうなんですか。兄さんってこっちの学校通ってたんだ……。ゲツト兄さんも一緒だったんですね……」

 それも初耳。兄たちはてっきり雪崩の後に父と意見が合わずに里を飛び出したのかと思っていたのだ。ヴィオにとっては思いがけず、驚かされる話ばかりだった。

(兄さんたちが中央の学生になって里に戻らなかったから、僕とリア姉さんはずっと里の中に押し込められていたのかな……。なんだか複雑)

 うっそりとため息をついたヴィオを尻目に、明るい調子でチュラが階段を上り息を弾ませながら話を続けてくれる。

「貴方のお母さまはドリの里の里長の息子さんに熱心に請われて成人するかしないかぐらいで番になってしまったらしいの。すぐにサンダを身ごもったから、それっきり、この家が建った後も中央に来られたことはなかったって聞いたわ。……グレイは本当はあんなに涙もろい人じゃないのよ。今でこそおじいちゃんって感じかもしれないけど、私たちの義父のクインとは8つ違いの仲の良い兄弟で、ずっと助け合って私達湖畔のソート派を引っ張っていってくれた厳格な人だったのよ。貴方に会えて、まだ年若い頃に送り出したルピナさんを思い出したのでしょうね、あんなに泣いて……」

 先ほどの様子を思い出したのか暗がりで見えないチュラの声が少しだけ涙で濁って聞こえた。

「僕は……。自分の母のことをよく知らないんです」
「そうね。サンダにお話をよく聞くといいわ。せっかく訪ねてきてくれたのだから、兄弟水らずで……。モルス先生? 先生はクインと久しぶりに会ってやってくださいね」

 チュラの夫、バランとはクインが受診時にいつも付き添っていたので面識があったセラフィンだが、妻のチュラとは初対面だった。勿論チュラはセラフィンがクインが特別なコインを渡した恩人と知っている。

「私もヴィオとサンダさんの対面に立ち会わせてください。ヴィオの婚約者として、彼の傍についていてあげたいのです。クレイさんには後程ご挨拶に伺うとお伝え願えませんか?」

 ヴィオについていると約束していたセラフィンはそういって、心細げに指先を絡めてきたヴィオの手を握り返す。
 チュラは明かりが照らす口元に意味深な微笑みを唇に這わせて階段の突き当りの扉を開けた。

「わかりました。モルス先生? ヴィオ君とはまだ番になっていなかったようだってディゴが話していたけれど……。やはり正式に番になったのかしら?」
「……正式にはまだです。でも僕の番になる人なことは、間違いないです」
「そうなのね。残念だわ。貴方が番持ちでないならば……。ソートのアルファの番に迎え入れたかったわ」
「え……」
「フェル族にとって男性のオメガはね。それほど希少で世が世ならば……。生きている神にも等しい存在ということよ。ドリの里であっても同じでしょうね? 一つの身体に男性と女性の両方を兼ね備えた完璧な存在。一族に迎え入れたら繁栄を約束されていると言い伝えがソートにもある。フェル族の研究家で著作もお持ちの、先生はご存じですよね?」
「先生?」

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