香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

文字の大きさ
上 下
182 / 222
溺愛編

血族4

しおりを挟む
「待っていたわよ! ヴィオ君ね? 私はディゴの母のチュラよ。昨日は息子たちがお世話になったみたいね。奥でサンダとグレイが待っているわ。先にグレイの部屋に挨拶に行って、サンダと話をしたら、そのあと皆で食事をとりましょうね」

ふっくらと丸い優しそうな顔に親しみがわいてヴィオは強張った身体の緊張が一気に解かれた。ディゴのあの親切で丁寧な佇まいはきっと彼女の影響が大きいのだろうと容易に察することができる。チュラがニコニコしながら家の中を案内してくれた。履物は玄関で脱ぐ形式で、一段高い位置にある艶々とした木製の廊下を歩いていく。この廊下は回廊になっていて、建物を一周ぐるりと回れる作りで、廊下に沿ってそれぞれの部屋に面しているのだそうだ。廊下は少し仄暗くて、悪く言うと少し不気味だ。どこかの国の仮面のオブジェなどに遭遇してびくっとしてしまう。かずらの花のように吊るされた小さな明かりだけで照らされている。折れ曲がる先から何かが飛び出てきそうで、夜目が効くヴィオも最近はすっかり中央のモルス邸の皓々越した明かりに慣れてしまったせいで少しだけ心細く、セラフィンの腕に縋ってしまった。

「どうした? ヴィオ。怖いのか?」
「こ、怖くなんてないです」

勿論セラフィンは日頃と同じく涼しげな顔で歩いているから腕にぶら下がる様にくっついているヴィオとのやり取りが微笑ましくて前を行くチュラが振り返ってうふふっと笑った。

「変なものが沢山置いてあるでしょう? ここはクインが若い頃に色んな地域のフェル族の里を訪れて色々参考にして作ったせいで、逆にごちゃごちゃした家なのよ。私も嫁いできた時、夜一人で歩くの怖くて何度も夫を起こしたものよ」

ところどころ置いてあるそれらは魔除けの置物のようにも前衛的な芸術作品のようにも見えた。セラフィンは自分が今まで訪れた村々に置いてあったものに似たような雰囲気のものがあったなと冷静に確認しながら歩き、ついに二人は祖父の部屋の前に通された。

「グレイ、チュラです。ヴィオくんが来てくれましたよ」

横に開く引き戸には寄木の細工が施されていて、よどみなくすっと開くと中は廊下よりも温度が高く保たれた小さな部屋になっていた。
扉の向こうは大きなガラスの窓があって、下の方には幾何学模様が彫り込まれたすりガラスがはまっている。窓の外には夕闇が広がる庭が見えた。回廊沿いにある部屋の向こうは内庭になっているのだろう。中央に寝台が置かれ、その上に上半身を起こして寝かされた人物が見える。高齢とは聞いていたが、寝たきり寸前とは知らなかったので些か驚いた。ヴィオの里ではみなお年寄りも健康で足腰が強くて寝たきりになっている人を見たことがなかったからだ。

半ば眠っているようなぼんやりとしたグレイは長い白いふさふさした眉毛の間からくりっと優しそうな眼をしばだたせた。

「おお……。ルピナか?」
「違いますよ。グレイ。孫のヴィオ君ですよ」
「おおそうだったな。もっと顔をよく見せてごらん」

暗がりでみたヴィオの顔はグレイにとって最愛の娘と瓜二つに見えたのだろう。近寄ってみると皺だらけの顔に涙の筋が光に反射して光って見えたからヴィオは戸惑ってしまった。

そんなヴィオの狼狽を感じたセラフィンは力づけるように両肩を抱くと二人で祖父に挨拶をする。

「ルピナの末の息子のヴィオです。おじい様。初めまして」
「おお。おお。ルピナが帰ってきたかと思った……。ルピナにそっくりで……。愛らしい子だねえ。死ぬ前に会えてよかったよかった」

寝具の中からしわくちゃの手がのばされたのでヴィオが両手でその手を取ると、さらに涙が溢れて零れ、鼻水まで出てきたので慌ててチュラがちり紙で拭う。

「半年前に転んでしまって少し足腰が弱ってきてから心も気弱になっているのよね。たまに私の顔が分からなくなる日もあるし……。でもヴィオ君が来てくれたから今日は調子がよさそうだわ」
「そうなんですね。おじい様、元気を出してください。あ、足の調子だったらここにいるモルス先生に診てもらえばよくなるかも!」

なんとなく祖父の様子が可哀そうになってしまってそんな言葉が口から出てしまったヴィオだが、セラフィンは気にしたそぶりもなくチュラに向かって大きく頷いた。

「軍の記念病院への紹介状を用意することもできます。また改めてご相談ください」

ひとしきり祖父の傍にいてから、疲れさせるのも良くないと辞することになり、今度はついに兄の待つ部屋まで案内されることになった。

(兄さんはどんな顔をしているのかな。里のみんなが言っていた兄さんは父さんに少し似ているけれどまったく同じじゃなくてドリの里の亡くなったおじいさまと似ているって聞いた。僕はおじいさまの顔もわからないけど)
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

【完】100枚目の離婚届~僕のことを愛していないはずの夫が、何故か異常に優しい~

人生1919回血迷った人
BL
矢野 那月と須田 慎二の馴れ初めは最悪だった。 残業中の職場で、突然、発情してしまった矢野(オメガ)。そのフェロモンに当てられ、矢野を押し倒す須田(アルファ)。 そうした事故で、二人は番になり、結婚した。 しかし、そんな結婚生活の中、矢野は須田のことが本気で好きになってしまった。 須田は、自分のことが好きじゃない。 それが分かってるからこそ矢野は、苦しくて辛くて……。 須田に近づく人達に殴り掛かりたいし、近づくなと叫び散らかしたい。 そんな欲求を抑え込んで生活していたが、ある日限界を迎えて、手を出してしまった。 ついに、一線を超えてしまった。 帰宅した矢野は、震える手で離婚届を記入していた。 ※本編完結 ※特殊設定あります ※Twitterやってます☆(@mutsunenovel)

熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん
BL
【何度失っても、日常は彼と創り出せる。】 ────────── 身の回りのものの温度をめちゃくちゃにしてしまう力を持って生まれた白希は、集落の屋敷に閉じ込められて育った。二十歳の誕生日に火事で家を失うが、彼の未来の夫を名乗る美青年、宗一が現れる。 力のコントロールを身につけながら、愛が重い宗一による花嫁修業が始まって……。 ※シリアス 溺愛御曹司×世間知らず。現代ファンタジー。 表紙:七賀

欲に負けた婚約者は代償を払う

京月
恋愛
偶然通りかかった空き教室。 そこにいたのは親友のシレラと私の婚約者のベルグだった。 「シレラ、ず、ずっと前から…好きでした」 気が付くと私はゼン先生の前にいた。 起きたことが理解できず、涙を流す私を優しく包み込んだゼン先生は膝をつく。 「私と結婚を前提に付き合ってはもらえないだろうか?」

処理中です...