香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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溺愛編

血族4

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「待っていたわよ! ヴィオ君ね? 私はディゴの母のチュラよ。昨日は息子たちがお世話になったみたいね。奥でサンダとグレイが待っているわ。先にグレイの部屋に挨拶に行って、サンダと話をしたら、そのあと皆で食事をとりましょうね」

ふっくらと丸い優しそうな顔に親しみがわいてヴィオは強張った身体の緊張が一気に解かれた。ディゴのあの親切で丁寧な佇まいはきっと彼女の影響が大きいのだろうと容易に察することができる。チュラがニコニコしながら家の中を案内してくれた。履物は玄関で脱ぐ形式で、一段高い位置にある艶々とした木製の廊下を歩いていく。この廊下は回廊になっていて、建物を一周ぐるりと回れる作りで、廊下に沿ってそれぞれの部屋に面しているのだそうだ。廊下は少し仄暗くて、悪く言うと少し不気味だ。どこかの国の仮面のオブジェなどに遭遇してびくっとしてしまう。かずらの花のように吊るされた小さな明かりだけで照らされている。折れ曲がる先から何かが飛び出てきそうで、夜目が効くヴィオも最近はすっかり中央のモルス邸の皓々越した明かりに慣れてしまったせいで少しだけ心細く、セラフィンの腕に縋ってしまった。

「どうした? ヴィオ。怖いのか?」
「こ、怖くなんてないです」

勿論セラフィンは日頃と同じく涼しげな顔で歩いているから腕にぶら下がる様にくっついているヴィオとのやり取りが微笑ましくて前を行くチュラが振り返ってうふふっと笑った。

「変なものが沢山置いてあるでしょう? ここはクインが若い頃に色んな地域のフェル族の里を訪れて色々参考にして作ったせいで、逆にごちゃごちゃした家なのよ。私も嫁いできた時、夜一人で歩くの怖くて何度も夫を起こしたものよ」

ところどころ置いてあるそれらは魔除けの置物のようにも前衛的な芸術作品のようにも見えた。セラフィンは自分が今まで訪れた村々に置いてあったものに似たような雰囲気のものがあったなと冷静に確認しながら歩き、ついに二人は祖父の部屋の前に通された。

「グレイ、チュラです。ヴィオくんが来てくれましたよ」

横に開く引き戸には寄木の細工が施されていて、よどみなくすっと開くと中は廊下よりも温度が高く保たれた小さな部屋になっていた。
扉の向こうは大きなガラスの窓があって、下の方には幾何学模様が彫り込まれたすりガラスがはまっている。窓の外には夕闇が広がる庭が見えた。回廊沿いにある部屋の向こうは内庭になっているのだろう。中央に寝台が置かれ、その上に上半身を起こして寝かされた人物が見える。高齢とは聞いていたが、寝たきり寸前とは知らなかったので些か驚いた。ヴィオの里ではみなお年寄りも健康で足腰が強くて寝たきりになっている人を見たことがなかったからだ。

半ば眠っているようなぼんやりとしたグレイは長い白いふさふさした眉毛の間からくりっと優しそうな眼をしばだたせた。

「おお……。ルピナか?」
「違いますよ。グレイ。孫のヴィオ君ですよ」
「おおそうだったな。もっと顔をよく見せてごらん」

暗がりでみたヴィオの顔はグレイにとって最愛の娘と瓜二つに見えたのだろう。近寄ってみると皺だらけの顔に涙の筋が光に反射して光って見えたからヴィオは戸惑ってしまった。

そんなヴィオの狼狽を感じたセラフィンは力づけるように両肩を抱くと二人で祖父に挨拶をする。

「ルピナの末の息子のヴィオです。おじい様。初めまして」
「おお。おお。ルピナが帰ってきたかと思った……。ルピナにそっくりで……。愛らしい子だねえ。死ぬ前に会えてよかったよかった」

寝具の中からしわくちゃの手がのばされたのでヴィオが両手でその手を取ると、さらに涙が溢れて零れ、鼻水まで出てきたので慌ててチュラがちり紙で拭う。

「半年前に転んでしまって少し足腰が弱ってきてから心も気弱になっているのよね。たまに私の顔が分からなくなる日もあるし……。でもヴィオ君が来てくれたから今日は調子がよさそうだわ」
「そうなんですね。おじい様、元気を出してください。あ、足の調子だったらここにいるモルス先生に診てもらえばよくなるかも!」

なんとなく祖父の様子が可哀そうになってしまってそんな言葉が口から出てしまったヴィオだが、セラフィンは気にしたそぶりもなくチュラに向かって大きく頷いた。

「軍の記念病院への紹介状を用意することもできます。また改めてご相談ください」

ひとしきり祖父の傍にいてから、疲れさせるのも良くないと辞することになり、今度はついに兄の待つ部屋まで案内されることになった。

(兄さんはどんな顔をしているのかな。里のみんなが言っていた兄さんは父さんに少し似ているけれどまったく同じじゃなくてドリの里の亡くなったおじいさまと似ているって聞いた。僕はおじいさまの顔もわからないけど)
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