香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

文字の大きさ
上 下
179 / 222
溺愛編

サンダの故郷1

しおりを挟む
 ☆サンダ兄さん登場です35歳ぐらいです☆

 サンダにとって瞼の裏に浮かぶ故郷は、今はもうこの世のどこにも存在していない。

 右を見ても左を見ても緑の滴る森の奥深く、周囲も険しい山々に囲まれた場所、その中のとりわけ緑豊かな山の中腹にサンダ達兄弟の生家はあった。

 先祖代々里長であるドリ家に生まれ、長老であり里長である厳格な祖父と祖母。それを補佐し次期里長の座に就くことが幼いころから決まっていた父のアガ。若き日に父が一目で恋に落ち、番になることを懇願した恋女房の母のルピナ。そして一つ年下の聡明な弟ゲツトと引っ込み思案の妹が家族で、その他父の弟妹たちや多くの親族とその子ら、里に暮らす大勢の子どもたちと共に山河を駆け回って育ったのだ。

 山の斜面に張り付くようにして建てられたところどころ腐食防止の薬剤が赤い柱が目に鮮やかな伝統的な家々は、回廊のような階段で繋がっている。里のものはみな親族と言えたので山全体が大きな一つの家のようなものだった。
 山間にある不便な場所だが周囲の森は綺麗な湧き水に数多く自生する山菜、また生き物も多く住み恵み豊かで、里には主に年寄りや女性と子供が多く住んでいた。壮健な若者たちは里の外で出稼ぎをしていて、月に一度は必要なものを彼らやソート派の行商人がもたらしてくれた。外の学校で学んできた教師もいて子どもたちは中等年学校程度の勉強は里の中で学ぶこともできた。元々丈夫なフェル族であるが、伝統的な食生活は質素ながらも滋養があり、豊かな山で取れる薬草や山菜のおかげで医者いらず、この貴重な薬草は女性たちが山に分け入り集めてきて行商の際には貴重な収入源の一つにもなっていた。

 ドリの里の長の一族。その長男として生まれたサンダは当然先祖代々続くこの土地の守護者として将来を嘱望されていた。しかし彼自身はどこを見渡しても知っている顔と山ばかりのこの土地に、長ずる頃には飽き飽きしていた。自分の中の半分はこの土地に長く住まう群れの長の血筋であるが、もう一つは自由の民である母方のソート派の血潮が熱く脈々と流れている。それがサンダにとって胸の内を明るく照らす気概となっていた。

 風の神ソートアイに愛されたソート派は住む土地に縛られずに国中外に広がって生活し、人と人との繋がりを大切に生きることを信条としていた。中には母のルピナのように婚姻によってその土地に根付いたものもいたが逆に大陸中を行商して回る者たちも多くいた。母も若い頃は主に国に点在するフェル族の住まう里と中央などの都市とを繋いで行商をしていた家族について、各地を転々としていたらしい。
 幼い頃母が寝物語にしてくれた旅の話に胸を躍らせ、いつしかサンダには自分にはここではないどこか別の居場所があるのではないかとまだ見ぬ土地の見知らぬ人々との出会いに慕情を駆り立てられていった。

 大陸最強の戦士であるとの呼び声の高い叔父のラグや一族の多くの男が出稼ぎのため従軍していたこともあり、自分も里を飛び出して軍に入るか、それともなくば広い世界を旅してみたいと考えるようになったのも無理からざることだった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

彼は罰ゲームでおれと付き合った

和泉奏
BL
「全部嘘だったなんて、知りたくなかった」

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

処理中です...