香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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溺愛編

愛してる3

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 ぬるっと熱い舌がヴィオの上口蓋をまさぐり、まだ達した後の過敏な神経が収まらぬ身体をさらに追い詰められ、開きっぱなしになった口の端から溢れた熱い雫が垂れても拭うことすらできない。
 立ち込める互いのフェロモンは発情期のそれには至らぬのかもしれないが、意識をどこか残しつつも官能を炙るにはちょうど良いほどだ。
 セラフィンは大きく音を立てて噛みつくような口づけをした後身体を起こすと、白い狼の如く舌なめずりしながら、自分の捉えた若い牡鹿を見下ろした。

 成人したとはいえまだあどけない少年の表情が宿る顔は今はセラフィンから呼び起された官能に濡れ、妖しいまでの色をまとって丹を落としたような赤い唇がほうっと艶めかしくため息をついていた。

 セラフィンは自らがほころばせた蕾の開花に満足げに微笑むと、炯炯と輝く大きな瞳を妖しいまでに見開き、美しい貌に似合わぬ雄々しい動きでヴィオの右足を肩にかけてしまうと、黒髪を振り乱してより深く中をえぐり摺り上げた。そもまま我を忘れたように、腰を打ち付けてきた。

「あっ、あん、あああ」

 遠慮のない放埓な動きにヴィオはすぐさま翻弄され、か細い声は次第に大きな喘ぎに変わっていった。もはや二人とも怪我の痛みなど一切感じず、互いの身体の芯が熱く火照る快感だけに没頭する。

「せ、せらぁ。きもちいぃ」

 ヴィオが舌っ足らずに幸せそうに零すから、セラフィンはまだそんな元気があったのかと逆に嗜虐的な仄暗い気持ちに駆り立てられ、腰を浅く引くとぐりっとヴィオの駄目になる部分をわざと目掛けてがつがつと当ててきた。

「やあ!! だめぇ! だめ、だめだからぁっ!!」

 ヴィオが目を剥き身悶え、腰を引いて逃れようとシーツを掴んだ腕すらも上から右手で押さえつけてかしめて、大きな左の手の平は指の痕が付くほどにヴィオの細越を掴んでさらにぐりぐりと中を抉り腰を寄せる。ヴィオは狂しい責苦に耐え兼ね後ろの刺激だけで前すら何度も達しながら次第に頭が真っ白になってきた。そうして碌な抵抗ができぬ間に、入らない、きついといっていた凶悪な逸物がついにヴィオの中へ全て納められると、アルファ特有の瘤が膨れ上がって蓋をされた。ヴィオははちきれんばかりに欲望に痙攣したように身を震わせ続けた。
 喉だけで短めに呼吸するようにヴィオが荒い呼吸を繰り返す。

「駄目になれよ。もっと俺にだけ、夢中になれ」

 雄みの強い唸り声をあげ、耳朶にもう一度噛みついたセラフィンは両足を大きく折り曲げさせると角度を変えて猛攻を繰り返した。
 最早気をやりかけて動かないヴィオを抱えたまま一心不乱に快感だけを追う姿はまさしくアルファの雄の凄みを発し、日頃彫像のように讃えられる美しさに獣のような野性味が加わり男性的な魅力が計り知れぬほどに増していた。
 しかしその姿をヴィオが目にすることはなく、意識を手放したヴィオはそのまま深い眠りの淵に転げ落ちて行ってしまったのだった。


 夢を見た。子どもの頃はよく見た夢。

 レイ先生のヒート事件が起きてからはあの時を反芻する夢を見がちだったが、その前はよく見た夢。ある日セラフィンが里を訪れてくれて再会する夢だ。

 夢の中のヴィオは決まってまだ幼い。ヴィオがいつも中央からの便りのため郵便屋さんの訪れを待っていた道路でポツンと座っていると、朝靄の中からたった一人セラフィンが歩いてこちらに向かってきてくれる。
 所作の美しい歩き姿、麗しい黒髪。セラフィンがついにヴィオに会いきてくれたと思うと矢も楯もたまらず、心臓が早鐘をうちヴィオは力いっぱい地面をけって彼を迎えに行くのだ。

 場面が急に変わって、セラフィンの瞳ほどに青い泉を見せたくて、セラフィンの手を引いてヴィオは森の中に分け入っていく。
 時折振り返ると、セラフィンは穏やかで甘い微笑を浮かべてついてきてくれるからヴィオは嬉しくなってどんどん先導していくのだ。
 どこかで雲雀が鳴いていて、春の訪れと二人の再会を高らかに祝福してくれているようだ。
 漸く泉について振り返ったらセラフィンは影も形もなくなっていて、確かに握っていたはずの手からも煙のように消えている。
 その後は森の中で消えてしまったセラフィンを探して走り回る夢。

 そんな夢。そんな哀しい夢。

 でも今朝は違っていた。泉についてもセラフィンは消えなかった。振り返って抱き着いたヴィオの視線は急に今ぐらい高くなっていて、愛し気にヴィオを見つめる瞳と目が合い、そのまま腰を引き寄せられる。
 セラフィンの見かけによらず逞しい腕に抱かれて幸せだった。
 髪を何度も何度も、優しい手つきで撫ぜられ、セラフィンから馥郁と香る甘い香りにも抱擁されて、目元に、唇に愛情深くキスをされる。

 夢のようなうつつのような。そんな触れ合いがずっと続いて目が醒めた。


 翌日、ヴィオがようやく目覚めたころには太陽はもはや天頂にあった。
 幸福な夢を見ていたのに、身体はいやに重たくだるい。

 寝台にはヴィオが一人で眠っていて、隣は冷たく広い純白のシーツが広がっているだけだった。窓越しに見える湖は青い湖面を輝かせながら静かに波立っている。

(ここ……。モルスのお家じゃない……)

 モルス家のセラフィンとヴィオの寝室よりは僅かに小さい部屋だが、セラフィンのアパートメントの部屋よりは少し広い。白い天井にところどころ青を基調とした装飾、そして植物の絵画が飾られた部屋をヴィオは気だるげに上半身を起こして見回していく。
 ぼんやりとした頭がゆっくりと醒め、今自分がどこにいるのか大体見当がついてきた。

(湖のほとりのホテルに泊まったんだった……)

 それと同時にあらぬ部分の火照りから長年の想い人とついに結ばれたと悟った。しかしどうしたことか昨晩はずっと抱き合っていたはずのセラフィンがいないことに胸がきゅっと掴まれた心地になった。
 まだ半覚醒の頭には見知らぬ場所でたった一人で目が醒めたことにどこか夢の続きのような印象を受けたが、今この瞬間こそが夢でまたセラフィンが消えてしまったのではないかと胸が不安で締め付けられる。

「セ、セラ!」

 自分でも思いがけぬほど切ない必死な声を上げてしまったことに驚いて口元を手の甲で覆うと、奥についていた扉が開いて驚いた顔をしたセラフィンがこちらに向かって歩いてきた。いつも通りの怜悧な顔つきに似合い麻の氷を思わせる薄青いシャツはヴィオとおそろいで誂えたものだ。

 片手に湾曲した白い陶器の皿を持ち、その上には今が旬の地もののヴィオの好む果物が盛られている。

「もうすぐ目が醒めるだろうと思って、持ってきてもらったところだ……」

 
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