香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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溺愛編

愛してる1

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ちょうど一迅の冷たい風が、開けたままだった窓から宵闇に沈む部屋の中を吹き抜けていった。頬に湿った風を受け、汗ばんだ黒髪を空気を孕んで揺らされたセラフィンは一瞬美しい面を上げ平静に立ち返る。

すぐにでも奪おう、奪いたいというアルファゆえの支配欲に酔わされていた。
セラフィンを見上げて泣き笑いの顔で微笑むヴィオのいじらしさに、初恋を知った少年のように胸は疼き、締め付けられる。

(ヴィオ……)

ヴィオの不安を訴える眼差し、相反する度胸のよさ、そしてどこまでもセラフィンを受け入れる清々しいまでの心の茫洋さに、セラフィンは悋気からことを急いだ自分自身を猛省し、恥じ入った。

ヴィオの初めての時はいくらでも時間をかけて、ただただ甘いだけのやり取りを繰り返して抱いてやりたかったのに。
ずいぶん昔に老成したと思った自分自身の中にまだこれほど堪え性のない激情が眠っていたとは気づけずに我を失った。

(今ならまだやり直せる。正式な番になる前に清らかなお前を感情に任せて奪うことが、果たして正しいことなのか)

セラフィンが眉目を翳らせ、目元を赤く染めると、彼の傷つきやすく柔らかな心の襞から抑えきれずに溢れたかのように、薬で蓋をし漏れるはずのないセラフィンの香りがヴィオへの想いを募らせ一層強まった。

「ふあぁ」

その香りに包まれながら、ヴィオには幸福感が湧きおこった。全身全霊、セラフィンに求められていることが嬉しくてたまらない。番を求める本能に訴えかけられ、腹の奥が焦れ熾火の如き疼きが生まれる。
逆に今度は身動きしないセラフィンをせかすように、ヴィオが甘えた声で愛することに臆病な最愛の男を誘う。

「セラ。大丈夫だから……。このまま僕を愛して」

ヴィオは寝台からは遠い明かりにぼんやりと照らされた陰影が濃く見える長い脚を蝶が羽を広げるように、緩々としかし大胆にさらに大きく開いていった。
そして、自身の背中から両腕を回し、柔らかな尻たぶを掴み上げると、セラフィンに向け惜しげもなくとろとろと綻んだ蕾を見せつける。

「ヴィオ……」

こんな時でも淫靡さとは無縁の壮健な身体の神々しいまでの美に目が眩む。
まだどこか迷いの翳りを見せたセラフィンに向けて、ヴィオは全てを預け渡すかのように今度は腕も広げて差し伸ばした。セラフィンは美麗な眉目を下げて泣いているような笑っているような不思議な表情を見せてヴィオの指先に愛情深い仕草ではみ口づける。

(苦しそうな顔も、なんだか綺麗。そうだ。ちっちゃな僕が恋したのは、せんせいがたまにみせてくれた、飾らない恥ずかしそうにはにかんだ笑顔。この人の心の真ん中はきっと、まだ子どもみたいに柔らかでやさしいって。僕はそう思ったんだ)

その悩ましい表情は性別を超えた優美さで、ヴィオも揃いの泣き笑いのような顔でセラフィンを見上げると、背中を浮かせて起き上がり、まだ動けぬセラフィンの頬に、そして唇に。果実を食んだあとのような赤い唇で口づけた。

(ヴィオはいつも全身で俺に愛情を伝えようとしてくれる。幼いころから変わらずにずっと俺を慕ってくれた。ヴィオの献身に、今応えなくていつ応える)

セラフィンはようやく覚悟を決めて、ヴィオの豊かな黒髪に手を差し入れて二人ゆっくりと身を横たえていくと万感の思いを込めて呟いた。

「ヴィオ、愛してる」

セラフィンは抑えていた想いを吐き出すかのように一度荒く息をつくと、ヴィオもいよいよと大きく吐息をついてきゆっと目を瞑る。そんなヴィオの愛らしい顔中に啄むような口づけを繰り返してあやしていく。
そしてヴィオの身体の脇に置いた利き腕で身体を支えながら、蜜壺の入り口に怒張をあてがい、ゆっくりとヴィオの中に身を進めていった。

しかし一見ほっそりと美麗に見えてもセラフィンはやはりアルファの男性。
流石の質量に発情期を迎えたことすらない未通の身体がすぐに全てを迎え入れられるはずもなく、二人は同時に苦し気に喘いだ。

「ああ!」
「きついな……。ヴィオ、辛いよな。今抜くから……」
「いや。ダメなの。このままいて」

嫌々をするヴィオの手を、怪我すら忘れて両手で指と指を絡めるようにして繋ぐと、ヴィオもきゅっと熱いその手を握り返してくれた。
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