香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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溺愛編

誘惑1

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甘い囁きと共に薫香が立ち昇り、セラフィンを夢心地の気分に誘う。
しどけなく熱い身体を預けてきたヴィオはこつんと額をセラフィンの胸につけたまま、乱れた髪を払い色っぽい仕草で夜具の襟元を緩めて、汗ばんで艶めかしいまっさらな項をセラフィンに晒してきた。

(どこでこんな誘い文句を覚えたんだ?)

セラフィンにあどけない姿ばかりを見せてきたヴィオにとってはそれが精一杯の誘惑だっだ。それを大人の余裕を見せて揶揄いたくなったが、ヴィオが発するくらくらするほど甘く瑞々しい香りにのみこまれ、セラフィンは自分でも思っていた以上にその幼い誘惑に煽られてしまった。
セラフィンの頬は途端に上気し、雄っぽく荒い息を漏らしながら炯炯と蒼い瞳を煌かせると、ヴィオの血潮が脈打つ首筋に薄い唇を押し当てた。
あからさまな誘いを仕掛けたことに照れているのか、それともなくばアルファに首筋を晒すことを本能的に恐れているのか。セラフィンの熱い吐息が首筋にかかると骨格のしっかりとした肩が僅かに震える。そんな姿に嗜虐心すらそそられる。

(天にも昇るほどの快楽を与えて、ぐずぐずに身体を蕩けさせて、どんどん甘えさせて。ヴィオの頭の中から悩みの全てを追い出させて、俺のことしか考えられなくしてやりたい。ヴィオがいつでも心地よくいられるように、少しも傷つけたくないのに、頭から指の先まで全て何も喰らいつくしてヴィオのなにもかもを腹の中に納めたくもなる。こんな凶暴な独占欲……。可愛いこの子に見せたくはないのに。俺の身体中から炎が噴き出して全身を焦がしそうな、胸が焼けつくような堪らない気持ちだ)

セラフィンは形良く清潔そうな口元を大きく開くと、気高い鷲が日頃は知られぬように隠していた鋭い爪を伸ばすように犬歯をむき出しにして、弾力ある瑞々しい項に押し当てる。発情期ではない今、番になれるわけではないが、それでもこの行為は特別だ。緊張のあまり心臓がどっどっとバチで叩かれた太鼓のように高鳴っていく。

ついに首に食い込むほどの押し当てられた鋭く硬い歯の感触に、ヴィオはふるりと震えてセラフィンのシャツを掴んだ。そして命乞いでもするかの如く、自らに喰らいつく男に、いじらしく必死な様子で縋り付いてきた。

(怖いよな。オメガにとっては項は性感帯でもあり、一番の急所。それを無防備にアルファおれに晒して、命ごと俺にくれてよこそうとしてる。ヴィオ、お前が愛おしくて……。もう誰にも奪われないように今すぐ全部、俺のものにしたい)

ぞくぞくするほどの興奮と、目が眩むほどの凶暴な衝動がついに吹き出し、セラフィンはヴィオが自ら寛げたシャツの襟元をさらにはだけさせ、美しい筋肉の付いた背中を全て余すところなく明かりのもとに晒させる。
昼間、川を一息に飛び越えたほど、俊敏に躍動する美しい肢体。ヴィオの若い獣のような強靭さを秘めたしなやかなその背中を、その滑らかさを味わうかのように、セラフィンが悩ましい手つきで撫ぜた。湖水を渡る冷たい風が窓から忍び入り、ヴィオは二重の刺激に二の腕に鳥肌を立ててぶるりと震えた。
その瞬間。

「ああっ」

セラフィンが艶々とした首元に犬歯を突き立て、首の付け根に強く噛みついた。それは愛撫というより獣が獲物を齧り取ろうとするかの如く、痛みの方が勝る噛みつき方でヴィオは思わず悲鳴を上げた。

しかしセラフィンはその首元の滲んだ血を舐めとりながら、間髪入れずに今度はヴィオを寝台の上にうつぶせに引き倒して上から伸し掛かってきた。

「あ、頭、まだ少し痛いからあ」

急にそんな風に涙目で甘えた声を上げ逃げを打つが、両腕は後ろ手に袖の部分だけでかしめられたようになり、膝をたてようとすると逆に細い腰を反らし、尻を突き上げたいやらしい形になった。

セラフィンはそんな恋人の媚態を上から征服者の如く眺めると、舌なめずして艶めかしく唇を赤い舌で湿らすと、今度はヴィオの胸元に手を差し入れて乳首を潰したり弾いたりとずっとしつこく悪戯しながら、背中におおいかぶさり、肩口に噛み痕を残す。

「痛いっ!」

悲鳴を上げて顔を寝具にうずめたヴィオを今度は慰めるように背中に唇を押し当て、上から腰元にかけてを齧り舐めた。柔らかな唇が辿る道に沿って、強く吸って赤い征服の痕をどんどんと咲かせていく。
ちりちりとした刺激がゆっくりと背中を背骨に沿って下り、尻骨の辺りまで辿られ舐められ、ヴィオは甘い痛みとセラフィンの絹糸のような髪の触れるこそばゆさに小さく身悶えた。
いつもならばすぐにそこかしこに優美に口づけをして次第にヴィオを溶かしていくような甘美なセラフィンとの触れ合い。しかし今夜は違っていた。

セラフィンの執拗な攻めは続き、時折歯形が付くほど肩や背中に強く噛みつかれる刺激と、柔やわと滑らかな舌や日頃高潔そうな唇が交互に与える愛撫に翻弄され息も絶え絶えに喘いだ。その間も乳首の先を捏ねられ、たまに爪でかりっと擦られそのたび声が跳ね上がる。

「んんっ」

日頃冷静で月明かりのように静かで美しい貌を見せるセラフィンが時折熱い吐息とくぐもった声を漏らすことにも感じてしまう。背中の男がどんな顔をしているのかを想像するだけでヴィオはまた感じてしまい、顔を真っ赤にして寝台に突っ伏した。抑制剤で閉じ込められたセラフィンの異国の香料のような甘いだけでなくどこか情緒的な香りが僅かに漏れ、それらすべてが放つ官能的な刺激にヴィオは腰のものすら兆し、痛いほどに高められていく。それを悟られるのは、未だに恥ずかしい。


















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