香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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溺愛編

血族2

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 遊歩道を少し歩くと、湖畔のホテルは緑なす林を背に瀟洒な佇まいを見せていた。モルス家の屋敷に慣れてきたヴィオから見ても息をのむほど立派で大きく、ヴィオの頭に描かれたのはまさにお城だった。ここが湖畔唯一にして最大のホテルなのだそうで、何棟かに分かれて点在していたものを、階数も多く大きな建物に数年前に改装されたばかりなのだそうだ。
 こういった立派な建物は戦前は大抵隣国であるテグニ国の著名な建築家の作品が多かったが、このホテルは違う。セラフィンの双子の兄の暮らす街、ハレへを人気の観光地とした一翼を担った若き建築家の作品だ。彼はセラフィンにとっても同級生だった男で、明星と呼ばれた秀才グループの一員ではあったが当時はそれほど目立つ男ではなかった。今では国を代表する若手建築家との呼び声が高い。

 せっかくヴィオと二人きりで泊まるのだからと張り切ってとった部屋は窓から湖や反対岸にある動物園や小さな遊園地に灯る夜景も見渡せる部屋で、とにかくセラフィンは中央に来てからトラブル続きのヴィオにこの美しい景色を見せて輝く笑顔がみたくてたまらなかったのだ。

 (でも駄目だったな……。俺はヴィオのこととなると存外に心の狭い男だったってことだ)

 船に乗ってからここに来るまでの間、セラフィンはヴィオがあんなガキにつけられた噛み跡のことが面白くなく、いつもよりひどく無愛想にヴィオに接してしまった。どうしてそうなったのかと口を開いたら詰りそうになるのをこらえられなそうで。それで無口になっていた。

 そのせいか、ヴィオはすっかり萎縮してしまって、セラフィンの言いつけを守ってまだ夕方だというのにふかふかの布団に頭まで隠してくるまっている。

 ヴィオの頭の傷は幸い瘤ができた程度で傷口はほんの小さなものだったが、頭を打って気を失った時間もあったということで明日の朝まで安静を言い渡したのだ。
 屋敷からの使いが二人がホテルに到着後ほどなく宿泊用の荷物を運んで来たので、本来ならば体調の優れないヴィオを乗せてそのまま屋敷に帰ることもできた。しかしヴィオが無言ではあったがセラフィンには分かるような仕草で屋敷への帰還を渋ったので、セラフィンは自分でヴィオの体調に責任を持てばよいと判断し(実際屋敷に戻ってもやることは大差ないことであるし)ホテルにそのまま残ったのだ。

「ヴィオ。痛み止めを持ってきてもらったから、少し口にものを入れてから眠りなさい。このあたりの名産の果物もついてきたよ。見てごらん」

 食事も部屋で取ることにして運んでもらったが、声をかけてもヴィオは布団にくるまったままで出てこない。眠っているのかと思い、先ほど頭まで被ったままでは苦しそうだと布団をずらそうとしたら逆から引っ張られる抵抗を感じてヴィオが自分の意思で布団を引き被っているのだとわかった。

(拗ねている? 俺のせいか?)

「ヴィオ、機嫌を直してでてきなさい」

 するとその言葉にヴィオが上掛けを跳ね飛ばしながらがばっと起き上がった。

「僕! 機嫌が悪くなんてなってないよ! 機嫌が悪かったのは先生の方でしょう?」

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