香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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溺愛編

血族1

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アダンがヴィオの甥。

その言葉にアダンは驚愕し、針金のように硬めな前髪を跳ねさせながら顔を上げた。そのままセラフィンに向けて目を剥いたが、彼の腕の中のヴィオは身じろぎもせず、それほどショックを受けていないようだった。

「気づいてたのか?」

セラフィンが優しく話しかけてくれたことにほっとして、ヴィオは普段通りうっとりとセラフィンを見上げると大きく頷いた。

「ちょっと前に。だって……。よく見たらすごくアガ父さんと似てたから。アダンはどっちの兄さんの息子なの? 僕はどちらの顔もよくは知らない。雪崩の後残ってた写真は遠くに写ってて顔がよくわからないものだったから。でもサンダ兄さんは父さんの生き写しだったって聞いたことがあるよ」

(嘘だろ? ヴィオが俺の叔父さん?)

強烈に惹かれ、好きになれるかもしれない相手ができたというのに、それが実の叔父だったとは。非常に残念な真実を知り、ショックから顔が真っ赤になったり次第に青ざめたりと忙しいアダンだ。しかしついには足元の草を見下ろしてがっくりと項垂れてしまった。ディゴはアダンを太い眉を下げてやれやれといった感じに見やった後、陽だまりのように穏やかな笑顔でヴィオに教えてくれた。

「そうだよ。アダンはサンダおじさんの息子だ。俺の父とアダンの母が兄妹で、俺たちは従兄弟同士なんだ。もっというと、俺の祖父のクレイと、ヴィオ君の祖父のグレイ爺さんが兄弟。二人は年が離れていて、グレイ爺さんの方が年上。一族で最高齢だから湖畔の本家で隠居しているよ。ダニアは君のお母さんのやっぱり年の離れた弟の娘だから、君とは従兄妹同士に当たる。似ているのも無理はないだろ?」
「??」

血縁関係が非常にややこしいが、ヴィオの兄であるサンダの妻はクレイの娘。ヴィオたちの母親はクレイの兄、グレイの娘というわけだ。

ソート出身で生まれてこの方ずっとこの地域で育ったアダンは、お前はドリのじいちゃん似とよく父から言われていたがピンときていなかった。アダンはここにきて急に存在感を増したもう一人の祖父との繋がりに複雑な気持ちになった。

(学校の周りの奴らと違って、ドリの血が入ってるってことはあの英雄ラグ・ドリみたいな男に俺もなれるんだって思って誇らしかった。ちっちゃい頃はまんま、自慢してたし。なのにそのせいで、ヴィオとは番になれないなんてあんまりだ)

ディゴは年頃らしくやたら反抗的で人の話を聞かなくなっていた従兄弟が、これでまたとどめを刺されたように荒れるだろうと思うと、心底頭が痛かった。このところアダンの扱いに苦慮して口を開くと喧嘩ばかりになると零している叔母にどこまではなしたらよいのやら。明日彼らがやってくるまでに自分がせねばらなる立ち回りの仕方を考えて面倒見の良いディゴはげんなりする。

程なく船が船着き場に到着し、ヴィオはなんとなくアダンを気にしつつも、いつもより忙しいセラフィンの手に背を押され、攫われるようにして船に乗り込んだのだった。

船は人の乗り降りを忙しく繰り返しながらゆっくりと湖に進んでいった。ヴィオの手をしっかり繋いで離さないまでも、再びむっつり黙ってしまったセラフィンにヴィオはまた声をかけることができないでいた。真顔だと美貌が逆にとっつきにくく恐ろしく感じるセラフィンだ。
彼の静かな怒りは続き、船が針葉樹が目立つ森に囲まれ、その向こうに山の稜線が見えるその青く美しい湖についた時も、前だけ向きひたすら手を引き続けた。ヴィオはずきずきする頭の痛みと共に、振り向かぬセラフィンの姿勢の良い背中を見ながら気持ちが浮かぬままだった。

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