香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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溺愛編

獣性2

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流石に自分が思わず取った行動に戸惑ったアダンはヴィオの手を力なく離すとアダンには目もくれず、セラフィンのもとに戻っていくヴィオに釘付けになった。

「ヴィオ、その傷は……」

はっと表情を歪め、アダンにつけられた首元の噛み傷をヴィオが拳で隠すような仕草をすると、ティダはヴィオとアダンの間に割り入ってさりげなく彼を背にかばう。

セラフィンが美貌をこわばらせ魔物も凍らすほど恐ろしいげな瞳で大人げなくアダンを睨みつけた。

「話はディゴくんから聞いたよ。いくらヴィオが君の『初恋の人』に似ていたからといって、気を引こうと子供じみた嫌がらせはやめるんだな」

セラフィンは左腕を大きく伸ばしてヴィオの肩を引き寄せるとぎゅっと抱き込み、ヴィオはほっとしたような顔を見せたが、日頃物静かなセラフィンの見たことのないほどの剣幕に自分も怒られているような気持ちになって震え上がった。

(先生、僕が勝手なことをしたからきっと怒ってる)

目を合わせてくれないのがその証拠のように思えて、ヴィオはこらえていた涙が泉のようにあとからあとから湧き上がり、被膜を決壊させて零れ落ちるのを隠そうと顔をセラフィンの胸側にもたれるように背けた。

アダンに言い放った言葉はある意味、かなり大人げない当てこすりだが、大切なヴィオを傷つけられてはいくら子供といえどセラフィンはとても黙ってはいられなかった。

アダンは顔を真っ赤にし、顔を顰め歪ませるとディゴの腕をきつく掴んで抗議の声を上げた。

「ディゴ兄!」
「アダン! お前がしたことは悪ふざけの範疇を超えている。身体ばかりが大きくなって、人にやっていいことといけないことの区別もつかないのか。彼らにきちんと謝りなさい」

アダンは三人から寄ってたかって謝罪を強要されたような心地になり、押さえつけられそれをはねのけたい心地に身震いしたが、先ほどまで気丈にしていたヴィオの潤んだ瞳と傷ついた顔を見てぐっと詰まる。

「……すみませんでした」

みっともない負け犬のような顔をしているのだろう。自業自得とはいえ、ヴィオに惨め顔を見られたくなくてアダンは頭を下げたままだった。

セラフィンとディゴは目配せしあって頷きあうと、セラフィンはヴィオの肩を抱いたまま彼を促し、船着き場のベンチの方へ戻ろうとした。

「ヴィオ。川に頭から落ちたと聞いたよ。お前の身体が心配だから、今日は一度屋敷に帰ろう。湖畔のホテルから迎えのものを呼ぶから。とりあえず船が来たら湖まで乗っていこう」

「……」

でも、クレイさんに会いに行かないと、と喉元まで出かかったヴィオだがセラフィンの変わらず強張った表情のままの横顔を見て二の句が告げられなくなってしまった。少しちょうど先の方に船が近づいてくるのが見て取れた。

「モルス先生、申し訳ありませんでした。明日には祖父もこちらに戻りますし、一緒にサンダおじさんにも会えると思います。是非明日の夕刻、湖畔のソート家にお越しください。グレイ大おじさんさんも、ヴィオくんに会いたがると思います。勿論ヴィオ君の体調を第一にしてください。こちらはいつでも構いませんので」
「わかった。ありがとう。ヴィオの体調が良ければ明日、伺わせていただくよ」
ヴィオは降ってわいたような彼らの話の行方が分からず不安げな顔で立ち止まった。

「ヴィオ君。今日はゆっくりして、明日待っているね。服、よく似合ってる。俺の好きな組み合わせだから、君がそのまま着てくれたら嬉しいな」

そんな風に穏やかに笑うディゴの優しさがヴィオの心に染み入ってきた。

「ありがとうございます。凄く着心地がいいです。色も鮮やかだし……。助けていただいて、お世話になりました」

するとディゴはひどく複雑な顔をして眩し気にヴィオを見つめると頭を掻いた。

「ははは……。実際、君はダニアによく似てる。ちょっと何というか、不思議な感覚だ。雰囲気は君の方がずっと優し気だけど……。ダニアはね。ヴィオの従姉で、僕の親が決めた許嫁だった。でも他に好きな人ができてしまってね。出て行ってしまってからアダンはこんな感じだ。裏切られた気持ちになったんだろうね。アダンがしたことは褒められたことじゃないし、ただの逆恨みこの上ないだろう? 君たちがあまりに仲がよさそうで、嫉妬したんだと思う」

あまりにも複雑この上ない気持ちになる告白に胸がもやもやとしたままヴィオはもう一度ディゴに頭を下げた。
セラフィンはディゴ越しにアダンをもう一度鋭い視線でとらえると、その美貌をいかんなく発揮して少しシニカルに艶然と微笑んだ。

「アダン君。ヴィオの甥として、これからは仲良くしてあげてくれよ」









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