香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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溺愛編

獣性1

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ベンチに座り込んで俯くヴィオの肩に触れる程の距離にアダンは座り込んでヴィオの長い睫毛をしげしげと眺めた。アダンですらわかるほどに端から見てもヴィオのあまりの気落ちのしように涙の雫でもついているのかと思ったのだ。しかしヴィオは泣いてはいなかった。目を凝らしご主人を待つ犬のようにじっと動かず川を見つめると、膝に置いた手をぎゅっと握って何かをこらえるような表情を見せた。
反対岸の船着き場にセラフィンが戻るのか、それともなくば元の方から戻るのかと注視しているのだ。

相変わらずヴィオの関心は自分にはなく、憤りに胸が焼け付く思いだがこれでは先程の二の舞だと薄荷の香りですーすーする鼻に意識を集中させて堪えた。
まるで喋らなくなったヴィオにそれでも興味津々なままのアダンは、好奇心を抑えることができずに自分からあれこれと話しかけた。日頃こんなふうに饒舌になったことなどはなく、空回りの一方的な質問ばかりが落ちていくばかりだ。

「あのさあ、あんた、子どもの頃から目の色、光らせることができたのか?」
「……」
「おい、あんた」
「あんたあんた、うるさい。僕にはヴィオって名前があるんだよ」

こちらを見ないし煩わしげだが、ついに名前を聞くことができたと、アダンはようやく最近家族に見せたことがないほどの笑顔になった。

「俺はアダンだ。俺さ、四分の一だけどドリ派の血が混じってるんだ。ほら、ここ、目の色、少しだけ金色混じってるだろ?」

川面を見つめて船が来るのをじっと待っていたヴィオだが、ちらっとだけ一瞥すると、顔を寄せてくるアダンを警戒し、座った席をずりずりと徐々に隣にずれていった。もちろんアダンはすぐさまその距離を縮める。

「……俺も獣性に目覚めてみたいってずっと思ってたんだ。でも周りに力を扱える人間が誰もいなくて。この辺にはドリの人間は少ないんだ」

その言葉にはっとしたヴィオはついにアダンを振り返ると、間近にあったアダンの瞳をまじまじと見つめた。急にヴィオから見つめられてアダンは頬を赤らめたが構わない。
ヴィオは彼の向こうにある人物の面影を見出して透かし見る。

(さっきまで余裕なかったから、全然気が付かなったけど……。こいつの口元、鼻筋と目の形……)

ある確信の芽生えに、ヴィオは恐る恐るアダンに確認する。

「あのさ、君、この辺に住んでいるドリ派で『サンダ』か『ゲツト』って名前の人、知らないか?」

驚きはアダンにも伝わり、未熟で幼さが残りつつも精悍な双眸に光がさした。

「サンダ、ゲツト。それは……」

「アダン! そこにいたのか!!」
「ヴィオ!」

次々によく響く、そしてふたりにとってはそれぞれ聞き覚えのある男性の声が上がり、ヴィオは懐かしいと思えるほど焦がれた声に弾かれたように立ちあがって周りを見渡す。
そこに黒髪を翻して駆け寄ってくるセラフィンの姿を見つけて歓喜の声を上げた。

「先生!」

先ほどヴィオたちがやってきたのと同じ、遊歩道に繋がる小道からセラフィンとディゴが飛び出してくるのが見えた。

ヴィオは勿論、笑顔を浮かべてセラフィンに手を振ると、すぐさま駆け寄ろうとしたが、引っ張られるように立ちあがったアダンが思わずヴィオの腕をがしっと掴んだせいで勢いを殺されつんのめりかける。

「離して!」

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