香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

文字の大きさ
上 下
166 / 222
溺愛編

獣性1

しおりを挟む
ベンチに座り込んで俯くヴィオの肩に触れる程の距離にアダンは座り込んでヴィオの長い睫毛をしげしげと眺めた。アダンですらわかるほどに端から見てもヴィオのあまりの気落ちのしように涙の雫でもついているのかと思ったのだ。しかしヴィオは泣いてはいなかった。目を凝らしご主人を待つ犬のようにじっと動かず川を見つめると、膝に置いた手をぎゅっと握って何かをこらえるような表情を見せた。
反対岸の船着き場にセラフィンが戻るのか、それともなくば元の方から戻るのかと注視しているのだ。

相変わらずヴィオの関心は自分にはなく、憤りに胸が焼け付く思いだがこれでは先程の二の舞だと薄荷の香りですーすーする鼻に意識を集中させて堪えた。
まるで喋らなくなったヴィオにそれでも興味津々なままのアダンは、好奇心を抑えることができずに自分からあれこれと話しかけた。日頃こんなふうに饒舌になったことなどはなく、空回りの一方的な質問ばかりが落ちていくばかりだ。

「あのさあ、あんた、子どもの頃から目の色、光らせることができたのか?」
「……」
「おい、あんた」
「あんたあんた、うるさい。僕にはヴィオって名前があるんだよ」

こちらを見ないし煩わしげだが、ついに名前を聞くことができたと、アダンはようやく最近家族に見せたことがないほどの笑顔になった。

「俺はアダンだ。俺さ、四分の一だけどドリ派の血が混じってるんだ。ほら、ここ、目の色、少しだけ金色混じってるだろ?」

川面を見つめて船が来るのをじっと待っていたヴィオだが、ちらっとだけ一瞥すると、顔を寄せてくるアダンを警戒し、座った席をずりずりと徐々に隣にずれていった。もちろんアダンはすぐさまその距離を縮める。

「……俺も獣性に目覚めてみたいってずっと思ってたんだ。でも周りに力を扱える人間が誰もいなくて。この辺にはドリの人間は少ないんだ」

その言葉にはっとしたヴィオはついにアダンを振り返ると、間近にあったアダンの瞳をまじまじと見つめた。急にヴィオから見つめられてアダンは頬を赤らめたが構わない。
ヴィオは彼の向こうにある人物の面影を見出して透かし見る。

(さっきまで余裕なかったから、全然気が付かなったけど……。こいつの口元、鼻筋と目の形……)

ある確信の芽生えに、ヴィオは恐る恐るアダンに確認する。

「あのさ、君、この辺に住んでいるドリ派で『サンダ』か『ゲツト』って名前の人、知らないか?」

驚きはアダンにも伝わり、未熟で幼さが残りつつも精悍な双眸に光がさした。

「サンダ、ゲツト。それは……」

「アダン! そこにいたのか!!」
「ヴィオ!」

次々によく響く、そしてふたりにとってはそれぞれ聞き覚えのある男性の声が上がり、ヴィオは懐かしいと思えるほど焦がれた声に弾かれたように立ちあがって周りを見渡す。
そこに黒髪を翻して駆け寄ってくるセラフィンの姿を見つけて歓喜の声を上げた。

「先生!」

先ほどヴィオたちがやってきたのと同じ、遊歩道に繋がる小道からセラフィンとディゴが飛び出してくるのが見えた。

ヴィオは勿論、笑顔を浮かべてセラフィンに手を振ると、すぐさま駆け寄ろうとしたが、引っ張られるように立ちあがったアダンが思わずヴィオの腕をがしっと掴んだせいで勢いを殺されつんのめりかける。

「離して!」

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

【完】100枚目の離婚届~僕のことを愛していないはずの夫が、何故か異常に優しい~

人生1919回血迷った人
BL
矢野 那月と須田 慎二の馴れ初めは最悪だった。 残業中の職場で、突然、発情してしまった矢野(オメガ)。そのフェロモンに当てられ、矢野を押し倒す須田(アルファ)。 そうした事故で、二人は番になり、結婚した。 しかし、そんな結婚生活の中、矢野は須田のことが本気で好きになってしまった。 須田は、自分のことが好きじゃない。 それが分かってるからこそ矢野は、苦しくて辛くて……。 須田に近づく人達に殴り掛かりたいし、近づくなと叫び散らかしたい。 そんな欲求を抑え込んで生活していたが、ある日限界を迎えて、手を出してしまった。 ついに、一線を超えてしまった。 帰宅した矢野は、震える手で離婚届を記入していた。 ※本編完結 ※特殊設定あります ※Twitterやってます☆(@mutsunenovel)

欲に負けた婚約者は代償を払う

京月
恋愛
偶然通りかかった空き教室。 そこにいたのは親友のシレラと私の婚約者のベルグだった。 「シレラ、ず、ずっと前から…好きでした」 気が付くと私はゼン先生の前にいた。 起きたことが理解できず、涙を流す私を優しく包み込んだゼン先生は膝をつく。 「私と結婚を前提に付き合ってはもらえないだろうか?」

捨てられオメガの幸せは

ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。 幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。

処理中です...