香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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溺愛編

喧嘩4

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再び床におりると無造作に放り置かれ、靴底が上を向いていたヴィオの靴を発見した。これはマダムの店で選んでもらったもので、セラフィンから贈られたものの一つだ。濡れて色が変わってすっかりくすんだ象牙色が哀しい。
靴だけは流石にそのまま履くしかなく、折角の革靴をだめにしてしまったと足を入れぐっちゃっとした感覚を悲しんだ。

「服は必ず返しに来るから、そのお兄さんって人にお借りしますって伝えておいて。僕の服もその時引き取りに来るから、お願いしますって、伝えて」

あくまで借りる相手はお前じゃないんだというアピールをしてヴィオは先ほどから退路として意識していた扉の前まで駆け出した。

「待ってよ。俺も行くから」
「ついてこなくていい! もう関わらないで」

そんなことを言われると逆にしつこくしたくなるし、意地悪をしたくなるもので。アダンは嫌がるヴィオについて部屋を飛び出すが、立ち止まって周りを見渡していたヴィオにあっという間に追いついたのだった。

(まあ、そりゃそうだよな。ここがどこだか分んないのかもな)

例え中央住まいの人間だとしても、ここの場所は私道と私有地だけで構成されたような街で、よそ者には歩きにくい異国のような場所だ。
子どもの頃からここを歩き慣れているアダンにしてみたらどこに何があり誰の店があり誰が住んでいるいるかまでよくわかっているが、観光客であろうヴィオにわかるはずがない。

回り込むと不安げな顔をして形良く太い眉を寄せていたヴィオは、アダンにその顔を見られることを良しとしなかったのかぷいっと目線を反らしてきた。

「俺が案内してやるからついてこいよ」
「……もとはといえば君のせいなのに! えらそうにっ!」

喜怒哀楽の激しいヴィオに、ひねくれもののアダンは自分の行為に強く反応を投げ返してくるヴィオの素直な愛らしさに逆に好感を持った。

(困った顔は、ダニア姉とは似てない。でも、ちょっと可愛いかもな。もっとずっと困らせたい)

疼くような感情は今まで感じた事がなかった。同学年の男女はみなアダンほど体格が良いわけでなく、やたら子どもに見えたし、それほど魅力的に感じた事はない。少しだけ年上のヴィオは大人っぽすぎず、だからといって子供でもなくちょうどよく見えた。
アダンはきゅっと唇を噛みしめるヴィオが頷く前に、アダンは何も言わずに先導して歩き始めた。後ろからヴィオがついてくる気配をちらちら振り返り確認し、ほどなくして元の船着き場に戻った。船こちら岸にも向こう岸にも止まっておらず、ただただ静かな岸辺に水鳥が寄っている。

「いない……」

そこにヴィオを待つ人影はなく、ヴィオはがっくりと項垂れる。そのまま川を眺められるベンチに屋根だけついた待合所に座ると、雲に隠れた日差しが翳り、ヴィオは途方に暮れた顔をした。

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