香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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溺愛編

喧嘩3

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『ほざくな。床と仲良くさせてあげるよ』

 刹那、少年の瞳は中心から光を取り込んでいくように金色に煌き、しなやかな筋肉に覆われた身体が躍動した。見蕩れるアダンを置き去りにしてヴィオは光を放ちながら弧を描いて飛んでいったブレスレットを追うと、あっさりと硬めの寝台の上に飛び乗った。その勢いの良さに寝台は大きく揺れ、周囲の棚から家主の趣味で所狭しと並べられた色々な小物が散乱して床や寝台に散らばった。彼はそのまま獣のように瞳を爛爛と輝かせアダンを威嚇すると、四つん這いの姿勢から膝を折り曲げ悩ましく足を開脚したまま、その手にブレスレットを掴み上げた。

「返してもらうよ!」
 高らかにそう宣言してにんまりと嗤う。その笑顔は力強さの中に婀娜っぽささえ見え隠れして薬が効いてくるまでまだアダンは誘惑されそうだ。

(やっぱり、こいつは持ってるんだ! あの目! 俺がずっと見たかった。ドリ派の戦士の、黄金の瞳!)

 ゾクゾクと興奮とある種の畏怖が這い上り、アダンは大きなこげ茶の瞳を輝かせて、まるで憧れのヒーローを見るかのように息を弾ませ頬を紅潮させたのだ。

 フェル族の中でもドリ派が持つという美しい金色の虹彩。金環とも評されるそれは大きく濃ければ濃いほど、先祖がえりともいうべき獣性の力を発揮し制御する能力の優れているという伝説的な異能。

 ここ数年、アダンが夢中になって読んでいた、先の戦で実際にあった東の砦の戦いをモデルにしているという小説。その中のエピソードでアダンのお気に入りのものがある。味方の誤報のせいで東の砦の中に取り残されていた主人公たちを助けに来てくれたのは、フェル族中心に構成された部隊だった。
 師団、などとは聞こえがいいが、フェル族ばかりを集めてきた実際の人数は連隊にも劣る。しかし戦力の上で一騎当千であることから『師団』と、称されていた。
 その師団長と呼ばれた男が、アダンも末席に連なる一族の出身だった人物だった。彼が落ちかけた砦を仲間たちと共に取り戻すまでの描写の中に『その金色の眼差しを間近で見た敵で生きて祖国の地を踏んだものはいなかった』
 という描写があるのだ。しかし実際にこの瞳の変化を起こせるものは一族の中でもごく僅かなのだそうだ。

 アダンはドリとソートのハーフであり、ベータの父とソートで同じくベータの母との間に生まれた子だ。父の瞳にはまだ金色環が薄くくるっと瞳孔を取り巻くようにあるがその程度で獣性を発揮することもできないらしい。この国の一般的な男よりは体格が良く力持ちという程度だ。他にもこの地域の住まうドリ派もいるがアルファはいない。そしてアダン自身、明るい茶色の瞳の中に申し訳程度に僅かに金色がみえるかどうか。成長に従ってもっと厚く濃くなるのではないかなと期待していたが無理だった。

(激高すると金色に光るって本当だったんだな。その上すぐにそれを納められるって……。こいつ、ただものじゃないのかもしれない)

 ヴィオは腕輪を嵌めなおして安堵から微笑むと、再び顔を上げた。
 殴りかかってくるとばかり思っていたのに、アダンはごくりと生唾を飲み込みながら棒立ちになり、ヴィオをただひたすらに熱い眼差しで見つめている。煽りに煽ってきたくせに身動き一つしない少年にむけ、怪訝な顔で小首を傾げたヴィオの瞳が徐々に色合いが変化していく。

「その目! もう一回見せて!」

 するとアダンは彼に飛びかかって、近寄って顔をがしっと掴もうとする。勿論ヴィオは四つん這いのまま今度はひらりと身体を交わし、寝台から飛び降りた。

(ああ、もう、こいつ本当に意味わからない!)

 やたらとヴィオを揺さぶってくる少年に、煩わしさよりもある種新鮮な驚きも感じる。同年代の友人がいなかったせいか、この年頃の少年の一貫性のなさに慣れていないヴィオはただただ戸惑い、喜色を浮かべてヴィオの傍に寄ろうとする少年と距離を取りながらも、きょろきょろとものが多い室内を見渡した。

「下着、べちゃべちゃに濡れてて気持ち悪い。僕の服、どこにやったの? 早く船着き場まで戻らないと。先生と会えなくなっちゃうでしょ!」

 普段穏やかなヴィオにしては苛ついた声をたてながら、足に絡みついた寝具を蹴り落す。
 先ほどディゴは水が滴り張り付いたヴィオの服を脱がしたものの、流石に下着にまでは手をかけていなかったのだ。
 ヴィオは暴れてややずり下がった絹の下着を腰骨の辺りで紐を結びなおしながらアダンに再びにらみを利かせた。しかしアダンは妙ににこにこしてご機嫌な様子でぴょんっと寝台から身軽に宙返りしながら飛び降りた。

「濡れてるから、洗面台のとこに持ってってる。こっちを着ればいい」
「僕の服を返して。濡れていても、頂いたものだから置いていくわけにはいかない」
「へえ? シャツ濡れてると身体、透けててエロイ感じになるけどいいわけ?」

 ヴィオをオメガがと知っていて軽口を叩いてくるのが本格的に鬱陶しくなってきた。

「はあ!? なんだよそれ!」

 にやにやと嗤うアダンに揶揄われ、ヴィオは顔を赤くするがもう瞳を金色に染めることはなかった。

(ちぇっつまんねえの。いつでも光るわけじゃないのか?)

 しかし折角ドリ派の力を使えるものに出会えたのだ。アダンも訓練すればわが身に眠る獣性を呼び起こすことができるかもしれない。それを彼に教えてもらいたい。

(それにすげえ、いい匂いだったし。今はもう、鼻馬鹿になっててわかんないけど、ほんと、色っぽかったよな。綺麗な顔しているし。まだ番契約してないみたいだから、俺がもしも本当にアルファだったら、俺の番にしたい。あんなずっと年上のおじさんより、若い俺のがいいはずだよな?)

 そのためにはやはり、悪すぎる第一印象を払拭した方がいい。アダンは勝手知ったる従兄弟のこの隠れ家の中で一番大きく割合を占めていると言っていいクローゼットとその周りに大量に置いてある衣服を物色し始めた。

「ああ、これとか、これとか。ディゴ兄の店の服だから適当に着ても怒られないと思う」
「……」

 草木の色素でタイダイ染めされた茜色の首回りが丸いブラウスと葡萄色のダボっとしたズボン。コルセットのような腰元に結ぶ黒檀のように艶のある革の幅広ベルト。アダンなりにヴィオに似合いそうな鮮やかな色合いのものを次々と投げてよこした。

 恐る恐る拾い上げた服はまさにカジュアルな若者向けのそれに見えた。セラフィンが選んでくれたものよりもさらに粗削りな魅力を持つ服で、珍しいそれらにヴィオは正直、目を引かれる。

 色々迷ったが、あまりにみっともない格好でセラフィンのもとに帰るのもどうかと思った。後頭部には瘤ができているし、血は出ていないようだがまだズキズキ痛む。フェル族は一般と比べて丈夫で回復もしやすいとはいうが、意識を失ってしまったのはやはり尋常ではないだろう。

(とりあえず服を借りて……。早く船着き場に戻らないと。先生と約束したんだから)

 ヴィオがそう言い置いてブレスレットを追いかけたのだから、セラフィンはきっと戻ってきてくれると信じているのだ。どのくらいかかるか分からないけれど、必ず戻ってきてくれるのを待つつもりだ。
 ヴィオがブラウスに手をかけて頭からかぶったのを見届け、アダンはそのまま遠慮なくヴィオの着替えをしげしげと凝視してくる。

「ああ、下着は脱いどけば? 冷たいでしょ」
「うるさい! こっち見ないで!」

 視線に気が付いたヴィオは下着の紐に手をかけながらくるっと後ろを振り向くとささっと濡れた下着を取り去って形良い尻を晒しながらややもたつきつつズボンをはき終え、ついでにベルトも締め上げる。










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