香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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溺愛編

コイン1

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 隣の船着き場まで大人しく船に乗ったままだったセラフィンだが、船が着いた傍から申し訳程度についた小さなタラップを大股で一息に跨いで飛び降りた。

 (ヴィオ! お前は何度、俺をこんな気持ちにさせれば気がすむんだ)

 最愛と一時離れただけでもこれほど狂おしく胸が痛むとは。ヴィオはいつでもセラフィンに初めての経験を突き付けてくる。

(とりあえずフェル族なら誰でもいい。クインに繋がる人物を探し出して、コインを見せれば最短で彼に連絡を取れるだろう)

 ヴィオを探している意思を伝えた後で、前の船着き場に戻る。速やかに、焦らずすればいい。まだそんなにヴィオから離れたわけではないのだから。

 そう頭の中ではわかっているのに、身体は意志に判して逸る気持ちに気持ちに押し流されるように船着き場のすぐ目の前にある店に飛び込んだ。
 そこは船に乗るものの風雨をしのげる待合所のような建物であって、中には誰もいない。セラフィンはすぐに踵を返してそこを飛び出すと、初め車で来ようと思った時に一読した地図を脳裏に浮かべる。すぐさま人通りを求めて川に並走している通りに向かっていった。

 それは陸路で湖に向かう道であり、その道沿いにも土産物屋や地域の農家の作る果物などが売られている。中央の市内は向こう岸と繋がっているからこちらは観光客の他には運河や湖水地域で生活する人々が主に使っているような生活道路といえるだろう。ヴィオの好む柑橘系の果物が店先の籠に瑞々しく山盛りになって置かれているのを横目で見て、後で沢山食べさせヴィオを喜ばせてあげたいと思ったが今は確実にそれどころではない。

 何軒か並んでいる店先に立っていた明らかにフェル族っぽい大柄がらな女性のもとにつかつかと歩み寄って、セラフィンは長い黒髪の先をひっかけながら慌ててコインを取り出した。その仕草のすべてがまるでスマートさに欠けたが、そんなこと気に留めている暇はなかった。何せヴィオは番を持たぬオメガ。日頃の身体能力は高いとはいえいつ何時、こないだのような状態にならないとも知れぬ。

 ヴィオの意思を尊重することと、彼を守りぬくことの両立がこんなに大変なことだとは。セラフィンはこの度もほとほと骨身に染みてわかった。

 驚いた顔でセラフィンを見上げる女性に、掲げるようにコインを彼女の目の前にかざすと一礼して普段の3倍の早口でまくしたてはじめた。

「私は軍の記念病院に勤める、セラフィン・モルスというものです。急ぎ、クイン・ソートに取次を願いたいのですが」 

 





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