154 / 222
溺愛編
アダン1
しおりを挟む
はじめはほんの出来心だった。
その貌はあまりに彼女に似ていて、船上ではしゃぐその横顔に単純に目を奪われたのだ。
豊かな黒髪は川風をはらんでゆったりとうねり、船の立てる波を追う大きな瞳、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべて綻んだ赤い唇。自分とそう年の変わらぬように見えたし、顔だけ凝視していたらその後、体格をみて男であることに驚いた。
思わず声をかけてみたくなったが、その傍らに船尾の方からゆったりとやってきた見るからに気品のある色男があまりにも少年に馴れ馴れしく接する姿をみて、急に胸が締め付けられた。同時に押さえつけられていた気持ちをさらに土足で踏みにじられたような心地になったのだ。
観光客なのだろう。なにもわざわざこちらの船に乗らなくても身なりの良い彼らならばもっといい観光船がいくつもあるだろうに。一瞬好意を抱きかけていただけに、なにか裏切られたような心地になり思春期特有のむしゃくしゃした気持ちに襲われる。
二人がどういう関係なのかは一見わからなかったが、見た目の違いから兄弟にはとても思えない。
恋人同士にしては年が離れすぎているようにも見えるし、全然似合っていないとやっかんだ。
(そうやっかみだ。それ以外の何物でもない)
分かっていたのに……。自分の存在をわからせたくて思わず彼に手を伸ばした。
退屈な毎日。この国において戦うために生まれてきたようなと称される身体能力を備えたフェル族の血を引くアダンにとって、家業を継ぐという将来のために地元の学校に通い、力を持て余した日々は打ち込むこと一つなく億劫でしかない。
アダンの父親の世代の男たちは戦争に行って武勲をたてたものも少なくない。勿論戦争なんて起こらないに越したことはないのに、彼らの若き日の冒険譚や酒を飲むと自慢気に語られる武勲を聞くにつけアダンはつくづく生まれる時代を間違えたのではないかと思うのだ。
父方の親族には国の英雄とまで言われた人物もいて、アダンは彼が指揮官を務めた部隊の活躍をモデルに描いた小説が大好きだった。
自分もいつか血沸き肉躍る冒険に出たいと小さなころは思っていたが、結局のところは父や祖父の店を継いでこの運河や湖のほとりで商店の親父になっていく未来が決まっているのだ。
年の離れた母方の従兄弟はそれが当たり前とばかりに中等年学校を出たころからせっせと店を手伝いし、今では学校に通いながらも運河沿いにある若者向けの洋品店を一店舗任されるまでになっている。熊のように大きながたいをしているが物腰が柔らかく、客の信頼も厚い。目元も穏やかでいつも暖かな笑みを湛えている。
だが雄々しいフェル族の男たちの中にあっては、アダンから見てもなんだか物足りない。
(だからダニアに逃げられたんだ)
その貌はあまりに彼女に似ていて、船上ではしゃぐその横顔に単純に目を奪われたのだ。
豊かな黒髪は川風をはらんでゆったりとうねり、船の立てる波を追う大きな瞳、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべて綻んだ赤い唇。自分とそう年の変わらぬように見えたし、顔だけ凝視していたらその後、体格をみて男であることに驚いた。
思わず声をかけてみたくなったが、その傍らに船尾の方からゆったりとやってきた見るからに気品のある色男があまりにも少年に馴れ馴れしく接する姿をみて、急に胸が締め付けられた。同時に押さえつけられていた気持ちをさらに土足で踏みにじられたような心地になったのだ。
観光客なのだろう。なにもわざわざこちらの船に乗らなくても身なりの良い彼らならばもっといい観光船がいくつもあるだろうに。一瞬好意を抱きかけていただけに、なにか裏切られたような心地になり思春期特有のむしゃくしゃした気持ちに襲われる。
二人がどういう関係なのかは一見わからなかったが、見た目の違いから兄弟にはとても思えない。
恋人同士にしては年が離れすぎているようにも見えるし、全然似合っていないとやっかんだ。
(そうやっかみだ。それ以外の何物でもない)
分かっていたのに……。自分の存在をわからせたくて思わず彼に手を伸ばした。
退屈な毎日。この国において戦うために生まれてきたようなと称される身体能力を備えたフェル族の血を引くアダンにとって、家業を継ぐという将来のために地元の学校に通い、力を持て余した日々は打ち込むこと一つなく億劫でしかない。
アダンの父親の世代の男たちは戦争に行って武勲をたてたものも少なくない。勿論戦争なんて起こらないに越したことはないのに、彼らの若き日の冒険譚や酒を飲むと自慢気に語られる武勲を聞くにつけアダンはつくづく生まれる時代を間違えたのではないかと思うのだ。
父方の親族には国の英雄とまで言われた人物もいて、アダンは彼が指揮官を務めた部隊の活躍をモデルに描いた小説が大好きだった。
自分もいつか血沸き肉躍る冒険に出たいと小さなころは思っていたが、結局のところは父や祖父の店を継いでこの運河や湖のほとりで商店の親父になっていく未来が決まっているのだ。
年の離れた母方の従兄弟はそれが当たり前とばかりに中等年学校を出たころからせっせと店を手伝いし、今では学校に通いながらも運河沿いにある若者向けの洋品店を一店舗任されるまでになっている。熊のように大きながたいをしているが物腰が柔らかく、客の信頼も厚い。目元も穏やかでいつも暖かな笑みを湛えている。
だが雄々しいフェル族の男たちの中にあっては、アダンから見てもなんだか物足りない。
(だからダニアに逃げられたんだ)
0
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。
熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。
七賀ごふん
BL
【何度失っても、日常は彼と創り出せる。】
──────────
身の回りのものの温度をめちゃくちゃにしてしまう力を持って生まれた白希は、集落の屋敷に閉じ込められて育った。二十歳の誕生日に火事で家を失うが、彼の未来の夫を名乗る美青年、宗一が現れる。
力のコントロールを身につけながら、愛が重い宗一による花嫁修業が始まって……。
※シリアス
溺愛御曹司×世間知らず。現代ファンタジー。
表紙:七賀


僕の番
結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが――
※他サイトにも掲載

【完】100枚目の離婚届~僕のことを愛していないはずの夫が、何故か異常に優しい~
人生1919回血迷った人
BL
矢野 那月と須田 慎二の馴れ初めは最悪だった。
残業中の職場で、突然、発情してしまった矢野(オメガ)。そのフェロモンに当てられ、矢野を押し倒す須田(アルファ)。
そうした事故で、二人は番になり、結婚した。
しかし、そんな結婚生活の中、矢野は須田のことが本気で好きになってしまった。
須田は、自分のことが好きじゃない。
それが分かってるからこそ矢野は、苦しくて辛くて……。
須田に近づく人達に殴り掛かりたいし、近づくなと叫び散らかしたい。
そんな欲求を抑え込んで生活していたが、ある日限界を迎えて、手を出してしまった。
ついに、一線を超えてしまった。
帰宅した矢野は、震える手で離婚届を記入していた。
※本編完結
※特殊設定あります
※Twitterやってます☆(@mutsunenovel)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる