香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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溺愛編

アダン1

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 はじめはほんの出来心だった。

 その貌はあまりに彼女に似ていて、船上ではしゃぐその横顔に単純に目を奪われたのだ。

 豊かな黒髪は川風をはらんでゆったりとうねり、船の立てる波を追う大きな瞳、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべて綻んだ赤い唇。自分とそう年の変わらぬように見えたし、顔だけ凝視していたらその後、体格をみて男であることに驚いた。

 思わず声をかけてみたくなったが、その傍らに船尾の方からゆったりとやってきた見るからに気品のある色男があまりにも少年に馴れ馴れしく接する姿をみて、急に胸が締め付けられた。同時に押さえつけられていた気持ちをさらに土足で踏みにじられたような心地になったのだ。

 観光客なのだろう。なにもわざわざこちらの船に乗らなくても身なりの良い彼らならばもっといい観光船がいくつもあるだろうに。一瞬好意を抱きかけていただけに、なにか裏切られたような心地になり思春期特有のむしゃくしゃした気持ちに襲われる。
 二人がどういう関係なのかは一見わからなかったが、見た目の違いから兄弟にはとても思えない。
 恋人同士にしては年が離れすぎているようにも見えるし、全然似合っていないとやっかんだ。

(そうやっかみだ。それ以外の何物でもない)

 分かっていたのに……。自分の存在をわからせたくて思わず彼に手を伸ばした。


 退屈な毎日。この国において戦うために生まれてきたようなと称される身体能力を備えたフェル族の血を引くアダンにとって、家業を継ぐという将来のために地元の学校に通い、力を持て余した日々は打ち込むこと一つなく億劫でしかない。

 アダンの父親の世代の男たちは戦争に行って武勲をたてたものも少なくない。勿論戦争なんて起こらないに越したことはないのに、彼らの若き日の冒険譚や酒を飲むと自慢気に語られる武勲を聞くにつけアダンはつくづく生まれる時代を間違えたのではないかと思うのだ。
 父方の親族には国の英雄とまで言われた人物もいて、アダンは彼が指揮官を務めた部隊の活躍をモデルに描いた小説が大好きだった。
 自分もいつか血沸き肉躍る冒険に出たいと小さなころは思っていたが、結局のところは父や祖父の店を継いでこの運河や湖のほとりで商店の親父になっていく未来が決まっているのだ。

 年の離れた母方の従兄弟はそれが当たり前とばかりに中等年学校を出たころからせっせと店を手伝いし、今では学校に通いながらも運河沿いにある若者向けの洋品店を一店舗任されるまでになっている。熊のように大きながたいをしているが物腰が柔らかく、客の信頼も厚い。目元も穏やかでいつも暖かな笑みを湛えている。
 だが雄々しいフェル族の男たちの中にあっては、アダンから見てもなんだか物足りない。

(だからダニアに逃げられたんだ)






























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