香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

文字の大きさ
上 下
153 / 222
溺愛編

追跡2

しおりを挟む
もちろんヴィオもそのくらいの動作は朝飯前だ。一瞬で壁を上がる導線を見切り、彼がしたのと同じようにひょいっと壁の淵に手をかけて足で踏み台のように枝を蹴り上げる。はやる気持ちがそうさせたのだが、反対側がどうなっているかなど少しも考えないでひょいっと身軽に壁を飛び越えていった。

「ああ!!」

しかしその先に地面は存在していなかったのだ。
茂った植物の下には街中を流れる用水路が隠れていた。そしてそれは壁の向こう側に注ぎ込んでいる。そう、壁の向こうは運河の水路になっていたのだ。
水飛沫をあげてヴィオは真っ逆さまに川に注ぎ込む用水路の中に落ちて行ってしまった。

少年は壁の向こう側がどうなっているのかを熟知していたため、用水路の外側の地面に向けて飛び降りたが、ヴィオは真っ正直に飛び越えたため、そのまま水の中に落ちてしまった。

はじめはそんなヴィオの様子を声を上げて笑っていた少年だが、次第に異変に気が付き顔色が変わった。

「おい! 」

呼びかけるがヴィオが中々水面に上がってこなかったのだ。川に注ぎ込む用水路はいきなり川と繋がっているのでそれなりの深さがある。溺れてしまったのかと思って布の鞄を投げ捨てると、少年は慌てて川に飛び込んだ。

川の水は湖に近くなってきているのでそれほど汚くはないはずだが、澄み切っているほどではないため、胸のあたりまでくる冷たい水に一瞬身を震わせながらも少年は大きく息を吸い込むと水の中に潜っていった。蒼い水の中には揺れるふさふさとした緑色の水草と大きな石や丸い石たち。
ヴィオの姿はすぐに見つかった。ゆらゆらと黒髪が広がり、瞳を瞑って力なく川を漂う姿に大きくて足をひと掻きしてヴィオに近づくと、青年に差し掛かった腕の力でぐいっとヴィオの腰を掴み上げて岸に向かって泳ぎ出した。

細身のヴィオとはいえ、筋肉質でしっかりとした骨格はやはり男性のそれである。ヴィオより少し年下の少年にとっては水の上にあげた身体は易々と運べるものではなかったが、黄色いタンポポや雑草が生い茂る地面になんとか抱え上げて蒼白になっている頬をぺちぺちと叩いた。

「おい、あんた! 目を醒ませよ」

いけ好かない観光客に悪戯をしてやろうと軽い気持ちで思っただけだが、流石に悪ふざけが過ぎた。しかしそれを顧みている余裕はない。水に落ちると思わず思う様な受け身を取れなかったヴィオは水の中で一度岩に頭をぶつけて水を飲みこみ意識を失ってしまっていたのだが、少年には知る由もない。

意を決してヴィオの赤い唇を大きく開かせると、鼻をつまんで自分の唇を合わせて息を吹き込んだ。この地域の学生は湖の周囲の観光地で仕事に就くことも多いため、学校で習わされる水場での救命と介助は身についている。

数回繰り返しただろうか。ヴィオは幸いあまり水を飲みこんではいなかったようだがゴホゴホと咳き込み僅かに水を吐き出したのち、口を半開きにしたまま喘ぎ荒い呼吸を繰り返していた。
ぐったりとした青白い顔はまだ瞳を開けることはなく、その長い睫毛と妖しく光る赤い唇、目鼻立ちの雰囲気が少年にとってはある人物の記憶を呼び起こされて胸がきりきりと痛んだ。そしてその人を自分が苦しめていることを責め立てられるような心地になった。

(ダニア……)

しかし今はそんな感傷に沈んでいる場合ではない。どこか怪我をしてるかもしれないから動かしてはならない、などというまでの意識が回るほど彼は大人ではなかった。鞄を掴み、ずぶぬれの身体のまま、自分より僅かに長身のヴィオを担ぎ上げた。
そしてそのまま一路、自宅まで彼を抱えて連れ去っていった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

淫愛家族

箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。 事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。 二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。 だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

処理中です...