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溺愛編
追跡2
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もちろんヴィオもそのくらいの動作は朝飯前だ。一瞬で壁を上がる導線を見切り、彼がしたのと同じようにひょいっと壁の淵に手をかけて足で踏み台のように枝を蹴り上げる。はやる気持ちがそうさせたのだが、反対側がどうなっているかなど少しも考えないでひょいっと身軽に壁を飛び越えていった。
「ああ!!」
しかしその先に地面は存在していなかったのだ。
茂った植物の下には街中を流れる用水路が隠れていた。そしてそれは壁の向こう側に注ぎ込んでいる。そう、壁の向こうは運河の水路になっていたのだ。
水飛沫をあげてヴィオは真っ逆さまに川に注ぎ込む用水路の中に落ちて行ってしまった。
少年は壁の向こう側がどうなっているのかを熟知していたため、用水路の外側の地面に向けて飛び降りたが、ヴィオは真っ正直に飛び越えたため、そのまま水の中に落ちてしまった。
はじめはそんなヴィオの様子を声を上げて笑っていた少年だが、次第に異変に気が付き顔色が変わった。
「おい! 」
呼びかけるがヴィオが中々水面に上がってこなかったのだ。川に注ぎ込む用水路はいきなり川と繋がっているのでそれなりの深さがある。溺れてしまったのかと思って布の鞄を投げ捨てると、少年は慌てて川に飛び込んだ。
川の水は湖に近くなってきているのでそれほど汚くはないはずだが、澄み切っているほどではないため、胸のあたりまでくる冷たい水に一瞬身を震わせながらも少年は大きく息を吸い込むと水の中に潜っていった。蒼い水の中には揺れるふさふさとした緑色の水草と大きな石や丸い石たち。
ヴィオの姿はすぐに見つかった。ゆらゆらと黒髪が広がり、瞳を瞑って力なく川を漂う姿に大きくて足をひと掻きしてヴィオに近づくと、青年に差し掛かった腕の力でぐいっとヴィオの腰を掴み上げて岸に向かって泳ぎ出した。
細身のヴィオとはいえ、筋肉質でしっかりとした骨格はやはり男性のそれである。ヴィオより少し年下の少年にとっては水の上にあげた身体は易々と運べるものではなかったが、黄色いタンポポや雑草が生い茂る地面になんとか抱え上げて蒼白になっている頬をぺちぺちと叩いた。
「おい、あんた! 目を醒ませよ」
いけ好かない観光客に悪戯をしてやろうと軽い気持ちで思っただけだが、流石に悪ふざけが過ぎた。しかしそれを顧みている余裕はない。水に落ちると思わず思う様な受け身を取れなかったヴィオは水の中で一度岩に頭をぶつけて水を飲みこみ意識を失ってしまっていたのだが、少年には知る由もない。
意を決してヴィオの赤い唇を大きく開かせると、鼻をつまんで自分の唇を合わせて息を吹き込んだ。この地域の学生は湖の周囲の観光地で仕事に就くことも多いため、学校で習わされる水場での救命と介助は身についている。
数回繰り返しただろうか。ヴィオは幸いあまり水を飲みこんではいなかったようだがゴホゴホと咳き込み僅かに水を吐き出したのち、口を半開きにしたまま喘ぎ荒い呼吸を繰り返していた。
ぐったりとした青白い顔はまだ瞳を開けることはなく、その長い睫毛と妖しく光る赤い唇、目鼻立ちの雰囲気が少年にとってはある人物の記憶を呼び起こされて胸がきりきりと痛んだ。そしてその人を自分が苦しめていることを責め立てられるような心地になった。
(ダニア……)
しかし今はそんな感傷に沈んでいる場合ではない。どこか怪我をしてるかもしれないから動かしてはならない、などというまでの意識が回るほど彼は大人ではなかった。鞄を掴み、ずぶぬれの身体のまま、自分より僅かに長身のヴィオを担ぎ上げた。
そしてそのまま一路、自宅まで彼を抱えて連れ去っていった。
「ああ!!」
しかしその先に地面は存在していなかったのだ。
茂った植物の下には街中を流れる用水路が隠れていた。そしてそれは壁の向こう側に注ぎ込んでいる。そう、壁の向こうは運河の水路になっていたのだ。
水飛沫をあげてヴィオは真っ逆さまに川に注ぎ込む用水路の中に落ちて行ってしまった。
少年は壁の向こう側がどうなっているのかを熟知していたため、用水路の外側の地面に向けて飛び降りたが、ヴィオは真っ正直に飛び越えたため、そのまま水の中に落ちてしまった。
はじめはそんなヴィオの様子を声を上げて笑っていた少年だが、次第に異変に気が付き顔色が変わった。
「おい! 」
呼びかけるがヴィオが中々水面に上がってこなかったのだ。川に注ぎ込む用水路はいきなり川と繋がっているのでそれなりの深さがある。溺れてしまったのかと思って布の鞄を投げ捨てると、少年は慌てて川に飛び込んだ。
川の水は湖に近くなってきているのでそれほど汚くはないはずだが、澄み切っているほどではないため、胸のあたりまでくる冷たい水に一瞬身を震わせながらも少年は大きく息を吸い込むと水の中に潜っていった。蒼い水の中には揺れるふさふさとした緑色の水草と大きな石や丸い石たち。
ヴィオの姿はすぐに見つかった。ゆらゆらと黒髪が広がり、瞳を瞑って力なく川を漂う姿に大きくて足をひと掻きしてヴィオに近づくと、青年に差し掛かった腕の力でぐいっとヴィオの腰を掴み上げて岸に向かって泳ぎ出した。
細身のヴィオとはいえ、筋肉質でしっかりとした骨格はやはり男性のそれである。ヴィオより少し年下の少年にとっては水の上にあげた身体は易々と運べるものではなかったが、黄色いタンポポや雑草が生い茂る地面になんとか抱え上げて蒼白になっている頬をぺちぺちと叩いた。
「おい、あんた! 目を醒ませよ」
いけ好かない観光客に悪戯をしてやろうと軽い気持ちで思っただけだが、流石に悪ふざけが過ぎた。しかしそれを顧みている余裕はない。水に落ちると思わず思う様な受け身を取れなかったヴィオは水の中で一度岩に頭をぶつけて水を飲みこみ意識を失ってしまっていたのだが、少年には知る由もない。
意を決してヴィオの赤い唇を大きく開かせると、鼻をつまんで自分の唇を合わせて息を吹き込んだ。この地域の学生は湖の周囲の観光地で仕事に就くことも多いため、学校で習わされる水場での救命と介助は身についている。
数回繰り返しただろうか。ヴィオは幸いあまり水を飲みこんではいなかったようだがゴホゴホと咳き込み僅かに水を吐き出したのち、口を半開きにしたまま喘ぎ荒い呼吸を繰り返していた。
ぐったりとした青白い顔はまだ瞳を開けることはなく、その長い睫毛と妖しく光る赤い唇、目鼻立ちの雰囲気が少年にとってはある人物の記憶を呼び起こされて胸がきりきりと痛んだ。そしてその人を自分が苦しめていることを責め立てられるような心地になった。
(ダニア……)
しかし今はそんな感傷に沈んでいる場合ではない。どこか怪我をしてるかもしれないから動かしてはならない、などというまでの意識が回るほど彼は大人ではなかった。鞄を掴み、ずぶぬれの身体のまま、自分より僅かに長身のヴィオを担ぎ上げた。
そしてそのまま一路、自宅まで彼を抱えて連れ去っていった。
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