香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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溺愛編

心の内2

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順を追わずいきなり抱こうなどと無理強いして怖がらせてみたが、追い詰められてやっと涙に濡れながら本心を吐露できたヴィオに、セラフィンはほっと胸を撫ぜ下ろしていた。

あの寮での事件以後、回復してきてからもヴィオはどこかよそよそしくセラフィンやモルス家のものに気を使っているようだった。それもそのはずだろう。オメガとして開花寸前の不安定な心身を抱え、誰も知り合いのいない中央での暮らしはセラフィンを頼らねば寄る辺すらない。郷に帰ることも叶わず、セラフィンに囲われるようにしてそのまま傍にいるわが身を顧みると不安しかないはずだ。セラフィンの意のままにいうことを聞き、傍に続けるためには不安を押し殺して願いを口にせずにいた方がいいと、無意識にそれを選んでいたのだろう。

セラフィンは教えてやりたかった。番になっていくならば、互いに気持ちを素直に伝えあえるような関係になっていけるようにしたいと。少し荒療治になってしまったが、嫌なことは嫌、やりたいことはやりたいと忌憚なく話せる関係性。番同士は役割は違うが対等で互いに自分の気持ちを素直に伝えあえる間柄でなければ。、きっと長く寄り添っていくうえでほころびが出てしまうだろうと。

涙でぐちゃぐちゃになったヴィオの顎に手をかけて仰向けさせると、涙の味で塩辛くわななく唇にあやすような優しいキスを送る。セラフィンは普段通り温かく優美な眼差しでヴィオを見下ろすと、少し切なげに微笑んである言葉を諳んじてみせた。

「『先生大好きです。いつでもお傍にいられるような僕になりたかった』って。ヴィオは俺の傍に来たかっただけだろ? 知ってたさ。でもお傍にいられるようなお前って、一体どんなお前のことなのか?」
「え……。ああ、す、捨てたのに……。どうして……」
「ここにはお節介な侍女が沢山いるからね。ヴィオの気持ちは俺にちゃんと届いていたよ」

それはあの日ヴィオがセラフィンにあてて書いたものの、渡すことなく丸めて捨ててしまった方の手紙の内容だった。屋敷に戻ってきてからジブリールが泣きながら二人を招き入れてくれ、あとでこっそりセラフィンに渡してくれたものだった。しわしわになった手紙だがセラフィンにとってもはや宝物だ。丁寧な文字でヴィオの本心がかかれていたのに、当の本人は「お傍にいられる」ようになってからの未来を見据えることから目を背け、これからどうしていきたいのかを口にしてくれなかった。

とたん恥ずかしくなってまた顔を伏せようとするのをセラフィンは許さず、今度は両方の手でヴィオの顔を包み込む。

「いっただろ? 今のままでもヴィオは俺にとってこの世で一番大切な子なんだ。だから俺の意のままにならなくていい。嫌なことは嫌と言って。欲しい物は欲しいと、やりたいことはやりたいというんだ。お前の我儘で俺がヴィオに失望することなんて何もないんだ」
「いっても、いいの? 先生に嫌われないの?」

そんな杞憂を口にするのが憎らしいほど愛おしい。幼いころから見守ってきた相手であるが、もはやセラフィンはヴィオのいない人生など考えられない。

稚い仕草で顔を包む掌に頬ずりする無垢で端正な顔立ち。一族の頂点に立つこともできる、貴重な男性オメガ。若木のようにしなやかな強さと愛してやまぬ、ひたむきさ、健気さ。そしてこれほどの美貌。セラフィンの最愛は誰かの最愛にもすぐにとってかわりそうなほど、どこをとっても魅力的だ。

(ヴィオ、お前はまるで自分の価値をわかっていないんだ。お前がどれほど素敵な子なのか俺が一つ一つ教えてあげたい)

しかし反面、自分以外によそ見をしないように閉じ込めて、今すぐにでも番にしてしまいたい相反する心にセラフィンはしびれるような恋の快感を覚える。

「ヴィオ、お前のことを俺がどんなに愛おしく思っているのか、お前はまるで知らないのだろうね? 俺の想いの深さを知らないから、俺を信じ切れていないから、本心をいいだせなかったんだ」

「そんなこと……。ないよ。先生のこと信頼してる。ずっとずっと好き。先生がいたから僕は……。中央にきたらまた先生と会えると思ったから、僕は勉強も頑張ったし、寂しくても……、耐えられたよ」
「それならば、俺を信頼しているならば、お前の気持ちを俺は知りたい。言ってごらん?」

ヴィオはためらうように伏せた赤い目元をまた手でこすって、その後しっかりとセラフィンを見据えた。



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