香りの献身 Ωの香水

鳩愛

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溺愛編

無邪気な誘惑2

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 本当は事件の後も二人の距離がより近く、誰気兼ねなく暮らせるセラフィンのアパートメントでの生活をヴィオは恋しがっているようだった。ベラの一件に加えカイとの大勢他人を巻き込んでの大事件、そしてヴィオの体調もすぐれずとどめにセラフィンも怪我を負っているとあってモルス家への逗留を今まで余儀なくされていたのだ。

 あの日混乱の最中想いが通じ合った二人ではあるが、番になるまでには簡単ではない問題が山積みのままだ。その一つは未成熟なオメガであるヴィオの体調に関してだった。日常使いの抑制剤を服用し始めたばかりの未熟な身体に、副作用が強く出るヒート直前に使う様な緊急用抑制剤を服薬したため著しく体調を崩してしまったのだ。

 もちろん薬のせいだけではないだろう。信頼していた兄同然の男からの監禁まがいの行為や番の強要など精神的なショックも度重なったのだろう。
 セラフィンもカイとの格闘の末、腕にひび(他にも打撲等)が入っているため寝台は分けた方がいいという医師の見解なのだが、わかっていてもそれを無視し、今は寝所でもヴィオを常に見守り続けている。
 傍らに眠るヴィオが夜中度々『カイ兄さんやめて!』と泣きながらうなされていることにセラフィンは切なく胸を痛めていた。
 起きているときは普段通りケロッとしているのだが、寝ぼけているときは抱き寄せてもセラフィンだとわからず震え出すため、可哀想だとは思いながらも度々起こしては隣にいるのはセラフィンであると自覚をさせる。幸い怪我を免れていた利き手で抱きしめてやると安心したようにセラフィンの逞しい胸にすりよって温みに安心したように眠りにつく。その様にセラフィンへの全幅の信頼を感じ、愛おしさがまたこみ上げる。そんなことを繰り返していた。

 ヴィオの傷ついた心と身体が癒えるまで番になるのは絶対に延期! とヴィオにはまだ初めての発情期もきていないのにジブリールはそう言い募ってとにかく暇さえあればヴィオを構いに来る。それは引退して日頃は使用人たちの暮らす館でゆっくりしているはずのマリアも同様で、日頃冷静沈着な元侍女頭もとにかく彼には甘く、ヴィオのことが心配でたまらない様子だ。好物を聞き出しては食べやすいものをとまめに運んでくるし、ヴィオが寝込んでいた時などは枕元については寝ずの番をしようとするので流石にセラフィンが窘めるほどだった。

 もちろんセラフィンとてヴィオと一日でも早く番になりたい想いはある。心も身体も全て捧げあい、彼の為だけのアルファとなって名実ともに彼を守り支えられる男としてヴィオを取り巻く者たちに立場を誇示したいのだ。
 ヴィオさえ望んでくれるのならできるものなら今すぐにでもと思うほどだ。しかしそれ以上にセラフィンにとって柔らかく感受性の強い若いヴィオの心が大切で、彼にはどれほど複雑な手順を踏むことになってもできるだけ多くの人から祝福された番同士に、ひいては夫婦になっていきたいと考えているのだ。

(だというのに……)

 風呂場から帰ってきたヴィオは子猫のように音もなくセラフィンに近寄ってきた。しかし後ろを向いていても香り立つ芳香はセラフィンの鼻をくすぐり、彼がこっそり傍にやってくる気配に少年のように胸を躍らせてしまう。
 ジブリールが愛用するブランドのヴィオの為に買いそろえた菫の香りのする石鹸と、本人特有の甘く爽やかな香りを漂わせながら忍び足でやってくる。そのまま背後に立つとセラフィンの気持ちを試すかのように無邪気に、薄着でぺたりと胸や腹をセラフィンの背と腰にすり寄り、くっつけるようにして甘えてくるのだ。

「先生、寒くないですか」
「ヴィオこそ湯冷めするから部屋に入ろう」

 そう促して身体を無理やり出ない程度に優しく腕をもって身体を引き離すと、ヴィオは哀し気な顔をしてセラフィンを見上げ目を潤ませてくる。赤いぷっくらした唇が一瞬引き結ばれて、セラフィンに背を背けるものだから、ヴィオが泣くのではないのかと思って慌てて彼の背中を引き寄せた。

「すまない。何か嫌だったか」
「先生は、人からくっつかれるのは……。苦手ですか?」

 そうストレートに聞かれると正直に言えば、かなり気持ちの距離が近づいた人間と出ないと結構苦手である、と答えそうになってしまうが、勿論愛するヴィオにだきつかれることが嫌であろうはずもない。

「ヴィオがこうして俺に近づいてくれるのが嫌なはずがないだろう?」

 そのまま抱き上げてやりたかったが如何せんまだ腕の調子が悪いためにともに歩いて寝台まで戻ると二人で縁に腰かけた。ヴィオはまた素直にセラフィンの怪我のない方の腕にもたれるようにくっついてきて今度は子供のようにセラフィンの膝の上に寝転がるとあどけない笑顔で嬉し気に見上げてきた。

「父さんはあまり子供を抱きしめたりしない人で、小さい頃は……。叔母さんのとこに従弟が生まれてからは僕ももう、大きくなってきてたし……。でも本当はいつでもこんなふうに抱きしめて貰ったりくっついていてもらいたかったんだ」

 蕩けるような表情でそんな甘えたなことを愛らしく素直に言われると、こんなにも清らかな少年に焼けつくような欲を覚えてしまう自分があさましく思える。しかしそれと同時に成人してもまだどこかこうして無邪気な子供を装いながらも艶めいた香りを漂わせ頬を上気させるヴィオに、愛おしさと同時に悪戯心も湧き上がってしまうのは男のさがか。

(いや、これは嫉妬なのかもしれないな。ヴィオは濁したが……。ヴィオにこうした触れ合いを幼いころ与えて満たしていた相手は、きっとカイだ)

 セラフィンは色っぽい仕草で無意識に形の良い口元を開いて舌で唇を湿らすと、完全に無防備なヴィオの顔を片手で固定し、身動きを封じつつ、かぷっと柔らかな唇を食み、食べるようにして合わせてしまった。

「んあぁ」

 鼻にかかった甘い声を上げ、足をじたばたさせて元気に暴れるヴィオの抵抗を溶かすように歯列に舌を割り込ませて舌を絡ませながら片耳はセラフィンの硬い腹筋に押し付け、もう片耳は手で塞ぐと、脳内に響くぴちゃぴちゃとした水音に刺激されてヴィオは足をくたんと倒し、恥ずかし気に腰を揺らめかせはじめた。













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