香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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溺愛編

クィートの失恋1

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「ヴィオ、おいで」

 セラフィンはクィートの記憶にある通りの低く耳触りの良い声のまま、しかし円やかで甘い響きをにじませながらヴィオに呼びかける。クィートなどまるで眼中にないかのようにヴィオに向かい真っ直ぐに降り注がれる眼差しには、女神の絶え間ない加護のごとき慈愛さえ感じらるようだ。
 ヴィオの変化もそれはそれは顕著だった。先ほどの憂い顔が一転し、雲間から光がさし晴れ渡った空のような明るい顔にぱあっと切り替わる。それはセラフィンだけが引き出せるヴィオの極上の笑顔なのかもしれない。セラフィンもこれまでクィートが見てきたようなセラフィンのどこか冷淡な笑みではなく、華やいだ艶然とした微笑みで応えた。
 二人が見つめあった瞬間、香を焚きしめたかのように周囲に漂う甘い香りが強くなった気がしてクィートは思わず鼻先に腕を翳してこれ以上の魅了からわが身を守ってのけぞった。

(こ、これは……。叔父さんまさか……、ヴィオは俺よりずっと年下だよな?叔父さんとはけっこう年が離れているぞ? 成人……してるかさえ怪しい。それよりなにより、あっぶねぇ。ヴィオにぎりぎり手を出さなくてよかった……)

 二人の仲睦まじい親しげな様子から、クィートは流石に察してヴィオの手首を掴んでいたわが手をそおっと外すと、ヴィオは主をみつけた子犬の如く、まっしぐらにセラフィンが大きく広げた怪我をしていない方の腕目掛けて飛び込んでいった。

「先生、お話し合いが終わったのですね」

 先週ヴィオが巻き起こした騒動の余波で、セラフィンはそこそこの怪我をし、ヴィオも体調を崩し数日寝込んでいた。その事件のきっかけとなったヴィオの一人帰郷強行事件があったため、屋敷中の人々がヴィオの動きに目を光らせ、門番は常に緊張し、なんならば父ラファエロはこっぴどくジブリールに叱られしょげ返っていた。そしてセラフィンはこの一週間常に目を光らせ、当然あの後から寝室も同じくし、片時も放さずに傍らにヴィオを置いていたのだ。

 ところが今日は互いに体調が上向いてきたため気が抜けたのか。来客に気を取られてヴィオをまさか屋敷内で見失うとは想定外だった。

 セラフィンは大切なものを探し出あてたかの如き幸せそうな安堵の笑みを浮かべ、ヴィオの細い腰を引き寄せると、結い上げた髪が前に垂れてふわふわとしたくせ毛の乗るヴィオの肩に顔をうずめるようにして抱きしめる。彼の大きな身体でぬいぐるみの如く抱え込み、ヴィオの全身包み込むようにしてぎゅっと抱きしめる仕草に並々ならぬ独占欲と執着が透かしみえる。その様子にどきりとさせられながらもクィートは美麗な二人から益々目が離せなくなった。

「ああ。終わったよ」

 セラフィンはヴィオの肩越しに獣が相手を威嚇するような険しい顔を一瞬だけ見せると、剣呑というべき程、鋭い眼差しをクィートに向けて一言そっけなく言い放つ。

「なんだ。クィート。お前、来るなら来ると連絡をいれなさい」
 クィートは複雑な叔父にしては非常にわかりやすい牽制に冷や汗をかきながら曖昧な笑顔で会釈した。

「お、お久しぶりです。叔父さん。お祖母様には訪問に先立ちましてご連絡をお入れしたのですが、久しぶりに中央での仕事の空き時間ができましたのでお顔を拝見しにお勤め先の病院にいったら怪我でお休みされていると伺いまして、こちらに参った次第です」
「そうか、そんなに気を使わなくてもよろしい。腕の怪我もたいしたことはない。私はこの通り元気だ」
「は、はは。元気そうで何よりです」

 ヴィオに向けているときとは雲泥の差で温度が一度も二度も低いような冷たい声に、心臓の音がバクバクするほど内心は焦り倒しているクィートだった。

 
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