香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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略奪編

対決4

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 割れた額から滴りおちる血が、カイの壮烈な顔立ちと相まってさながら敵を打ち倒す戦士のような恐るべき形相に見えた。並の男ならこの時点で失神しそうなほどの締め上げにも、セラフィンは形良い眉をぎゅっと潜めたまま反撃の機を狙いじっと耐えた。

「ヴィオは俺のものだ」

 引き絞られたその言葉が直接セラフィンの耳に吹き込まれ、そのまま後ろからカイに羽交い絞めにされて揺さぶられ、首の骨が折れるかと思うほどの衝撃に舞われる。続きざま床に投げ落とされて倒れていた男たちの上に叩きつけられた。セラフィンは衝撃に呻きながら何とか受け身を取って転がると、勝負の最中に一瞬でも気を抜いてしまった自分を呪いたくなった。

 ジルとテンは獰猛なカイの目が再びヴィオを捉えていると気が付いていたため、ヴィオを再び抱え上げて逃げようとしたが、ヴィオが頭を押さえながら首を振ってそれを嫌がった。フェロモンの分泌はなんとか押さえられて、頭は冴えてきたものの、ヴィオは胃腸が絞られ吐き戻したくなるほどの身体の不調を感じていた。しかしそれを気力で押して足を大地に踏ん張る様に立った。今この瞬間、ここから逃げだしたとして、結局なんの解決にもならないと感じたからだ。
 そんな顔を上げてまっすぐ二人を見つめるヴィオの決意を敏感に感じ、ジルも覚悟を決めて彼の背中に力づけるように手を回す。二人は顔を見合わせると頷きあった。

「カイ兄さん、僕は、兄さんのものには絶対にならない。目を醒まして!」

 ヴィオの声は少し震えていたが、精一杯の問いかけにセラフィンも冷たく埃っぽい床に手をつき身を起こし被せるように訴えかける。

「カイ、アルファとフェル族の本能にのまれるな! このままヴィオと番になってもきっと後悔する。無理やり奪い、大切な者の心も身体も傷つけたら後で辛い思いをするのはお前の方だぞ」

 右側面の打ち身から伝わる痛みに顔を顰めながらも、セラフィンは何とか立ちあがり、そう一気にまくし立てると息が詰まり秀麗な顔を歪めながら髪を乱して咳き込んだ。

「先生! 」

 カイからセラフィンへの苛烈な暴力にヴィオは居てもたってもいられなくなり、危険を顧みずに駆け寄ろうとしたが、流石にジルとテンが彼の二の腕をそれぞれ掴んで引き留めた。しかしそんなヴィオの姿がカイの中の爆発寸前の火種に着火してしまったらしい。

「この男がそんなに大事か?」

 それは地を這う様な、恐ろしい魔物がカイの身に乗移って喋らせているかのような禍々しい声だった。

 ややふらつきながら身を起こしたてのセラフィンのもとへカイは向かうと、大きな掌を広げ、セラフィンの喉元を締め上げながら持ち上げてきた。足が僅かに地面を離れるほどの信じられない力を片腕だけで発揮している。カイの瞳は再び爛々と金色の剣呑な光を帯びていた。
 セラフィンとて体格的には一般人の中では恵まれた方だし、それなりに背丈も体重はある。しかしそれをものともせぬ力業は、明らかに人ならざるケモノの領域だ。流石にジルもテンも初めて目の当たりにしたフェル族の底の知れぬ能力に驚きを隠せない。

 それでもセラフィンは気が遠くなりながらも眦を吊り上げ目を剥くと毅然と抵抗し、カイの腕を掴み身体を引き寄せると柔軟な身体を使って足をカイの胸につけて蹴り上げる。

 腕が外れると喘鳴しながらも屈せずに美しい顔にまるで似合わぬ豪快なタックルでカイの腰元に組み付くと、身体がぶつかり合う音がさく裂しバチンと大きく響き渡る。
 カイもセラフィンの身体を持ち上げんばかりに上から覆いかぶさってそれをつぶしにかかってきた。

「やめて! カイ兄さん! 先生が死んじゃう!」

 端から見るとどうあってもやはり軍人で若く、フェル族のカイが上手にしか見えない。

 ジルはぎりぎりの線を見極めたら、テンと共闘し背に隠し持っていた警官用の警棒を容赦なくカイに見舞おうと決めていた。
 本来ならばヴィオを保護し遠くにやるのが先決なのだが、しかしそれ以上にやはりセラフィンが心配だったのだ。ジルにとっても最も愛するものを救いたい強い思いがある。彼が大怪我をするのはどうしても看過できなかった。

(今か? もう止めに入らねばセラが危ないのではないか? 他のアルファの力を借りて恋敵を打ち負かすなんて、男のプライドをずたずたにする行為でも、俺はセラが傷つくのが嫌だ。俺には一番、セラが大切なんだ)

 セラフィンは潰されながらもそこから体勢を何とか立て直そうと柔術リコの動きを反芻して転がり、カイから逃れようとしている。
 日頃見た目にも気を使い、優美で洗練された彼が、脇にも重たいパンチをうけ、逆に自分もごつごつ脇腹に打ち返しながら粘り強く死に物狂いで戦っている。

 そんなにも必死に戦うセラフィンの姿にどうしても一歩踏み出せぬ自分にジルは戸惑い、乾き涙が自然とこぼれるほどに目を見開き、肌を粟立たせながら二人の男の死闘を見守った。

 
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