香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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略奪編

逃亡3

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「カイ兄さん……」

 手に食堂で調達してきた缶詰を入れた袋を下げたカイは、怒りに徐々に変化していく金色に染まった瞳でまるで猛獣のように周りを威圧しながら一歩一歩ヴィオと彼を抱いている青年のもとに近づいてくる。

「あ……。カイ、戻ったのか」

 ヴィオを抱き上げる青年もカイのただならぬ雰囲気に圧倒され、たじろぎながら再び逆の方向へ後ずさる。

「ほら。君の従弟、なんか調子悪そうだったから抱き上げてただけで……」

 そう言ってぺこぺこしながらカイに向かってヴィオを差し出そうとしてきたから、ヴィオはテンの首にしがみついて抵抗する。

「いや! カイ兄さんに渡さないで! お願い」

 そんなヴィオの姿にカイは苛立ちを募らせながら低く押し殺すような声色で恫喝してきた。

「ヴィオ? また逃げ出そうとしたのか? こんなにすぐに他の男に色目を使って……。早く俺の番にしてやらないとやっぱり駄目だな」

 その声色のあまりの怖ろしさにヴィオはテンにかじりつく腕をさらに強めた。
 カイの放つ怒りのフェロモンに心身ともに追いつめられる心地になり、とても日頃の気丈さが出せないでいる。

「お、おい。そんないい方ったらないだろ、この子怯えてるぞ。カイ? お前ちょっとおかしいぞ?」

 しかしテンが周りを見渡すと、周囲の男たちも大なり小なり様子がおかしい。顔を赤らめて部屋に逃げ帰るもの、血走った眼でこちらを見つめてくるもの。今にも飛び掛かってきそうなもの。

(俺は今、とんでもないものを抱えているんだ)

 テンは初めて自分の鼻づまりに感謝したが、少年は相変わらずテンにしがみついて嫌々を繰り返している。

「ヴィオ! こっちに来るんだ」

 そんなヴィオの肩に怒りに燃えたカイが腕を伸ばしたその時。

「ヴィオ!」

 ずっと聞きたかった。もう二度と聞くことができないとまで思い詰めていた、低いがよく響く美しい声。

「せんせい!」

 振り返ったカイが目にしたものは、寮の玄関先まで強引にバイクを走らせてきた、ジルのバイク座席から勢いよくセラフィン飛び降りたところだった。セラフィンはそのまま脱ぎ去ったヘルメットからこぼれた黒髪を翻して騒乱の最中に駆け込んできた。










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