124 / 222
略奪編
逃亡1
しおりを挟む
あれからどのくらい時間が経ったのか。体感的には半刻程度だっただろうか。
夏の日はすっかり傾き沈み、寝台に寝ころんだままのヴィオの足元にあった明かりをカイが灯すほどだった。すっかり大人しくなったヴィオに、カイも一見穏やかに接するようになっていた。
実際のところ身動きするたび熱っぽくだるくなり、あの後すぐにぐったりして倒れこんでしまったらカイはあれ以上は触れてこなかった。これ幸いとそこからはそのまま具合が悪そうにしていることにしてやり過ごしていた。
興奮すればするほどフェロモンが出ているのではないかと感じ恐ろしくなったので、とにかく安静にし、体力を温存してなんとか隙をついて逃げるしかないと思ったからだ。
この建物の構造は雑駁にしかわからない。確か以前リアと泊まる予定だった宿のある駅とカイの暮らす独身者の寮や官舎は近くにあったと記憶している。
(荷物は兄さんがどこかに隠してもってるから……、本当は抑制剤を飲みたいけど、探してる暇が惜しい。とりあえず何とかここを逃げ出したら駅に行って、交番に連れていってもらって、ジルさんに連絡してもらおう)
中央にきてからほとんどセラフィンと行動を共にしていたので何ら困ることなどなかったが、例えば街ではぐれたときなどは一人で彷徨かずできるだけ速やかに交番に行ってジルを呼び出してもらい、連絡をもらったらセラフィンがすぐに迎えに行くからと何度も何度も言い含められていた。
(数年前にできた中央の条例で、意に染まない番にならないように、危険を感じたオメガが交番に逃げ込んだら保護してくれることになったって。交番に行けば抑制剤ももらえるようになってるって。それに番関係は双方の合意のみによって行われるに然るべきって)
セラフィンの兄らの若手の議員が推奨してきたオメガの保護運動の結果だと教えたくれたのだ。逆にオメガによってラットさせられそうになったアルファのための抑制剤も交番に置かれているらしいので勿論そのあたりは平等と言えた。
ヴィオは寝台に寝かされたままぼうっとした頭を叱咤するように考えていた。番になる方法とはどんな風であったかと。
(発情期にアルファがオメガの項に噛みつくと、消えない痕が残って番になるって。でも僕は発情期が来たことがないから、今すぐにはこないかも? 兄さんはああいってたけど、今日は番にされないかもしれない)
そもそも発情期とはどんなものなのか。あの穏やかで静かな声でしっとりと話をするレイ先生が感じ切った大声を立て喘ぐほど激しいものだと、理解はしていた。
(あれに比べたらまだまだって感じ。ぞくぞくするけど、熱っぽいだけでまだ動けると思う。兄さんのフェロモンだって多分我慢できる。兄さんがこれ以上変なことをしてこなかったらだけど。でも一番いいのはここから逃げること)
ちょうど少し前、カイは食事を買いに出ていったところだ。どこまで買いに行ったのかも、どのくらいで戻るかもわからない。もしかしたらこの建物の隣の棟にある食堂になにかしら調達することも考えられたが建物の外には出ているに違いない。
『長い夜になるだろうから。食べれそうなものを買ってくる。なにか食べたいものはあるか?』
ヴィオを半分手に入れたような気になっているカイは、ご機嫌をうかがうように、いつも通りに近い優しい声を出したけど、ヴィオはちっとも嬉しくなかった。眠ったふりをして無視することもできたのだが、せっかくのチャンスを逃す手はない。
あえて甘えて要求することにより、ぎりぎり手に入りそうで、それでも探さなければならないようなものを考え付こうとした。
夏の日はすっかり傾き沈み、寝台に寝ころんだままのヴィオの足元にあった明かりをカイが灯すほどだった。すっかり大人しくなったヴィオに、カイも一見穏やかに接するようになっていた。
実際のところ身動きするたび熱っぽくだるくなり、あの後すぐにぐったりして倒れこんでしまったらカイはあれ以上は触れてこなかった。これ幸いとそこからはそのまま具合が悪そうにしていることにしてやり過ごしていた。
興奮すればするほどフェロモンが出ているのではないかと感じ恐ろしくなったので、とにかく安静にし、体力を温存してなんとか隙をついて逃げるしかないと思ったからだ。
この建物の構造は雑駁にしかわからない。確か以前リアと泊まる予定だった宿のある駅とカイの暮らす独身者の寮や官舎は近くにあったと記憶している。
(荷物は兄さんがどこかに隠してもってるから……、本当は抑制剤を飲みたいけど、探してる暇が惜しい。とりあえず何とかここを逃げ出したら駅に行って、交番に連れていってもらって、ジルさんに連絡してもらおう)
中央にきてからほとんどセラフィンと行動を共にしていたので何ら困ることなどなかったが、例えば街ではぐれたときなどは一人で彷徨かずできるだけ速やかに交番に行ってジルを呼び出してもらい、連絡をもらったらセラフィンがすぐに迎えに行くからと何度も何度も言い含められていた。
(数年前にできた中央の条例で、意に染まない番にならないように、危険を感じたオメガが交番に逃げ込んだら保護してくれることになったって。交番に行けば抑制剤ももらえるようになってるって。それに番関係は双方の合意のみによって行われるに然るべきって)
セラフィンの兄らの若手の議員が推奨してきたオメガの保護運動の結果だと教えたくれたのだ。逆にオメガによってラットさせられそうになったアルファのための抑制剤も交番に置かれているらしいので勿論そのあたりは平等と言えた。
ヴィオは寝台に寝かされたままぼうっとした頭を叱咤するように考えていた。番になる方法とはどんな風であったかと。
(発情期にアルファがオメガの項に噛みつくと、消えない痕が残って番になるって。でも僕は発情期が来たことがないから、今すぐにはこないかも? 兄さんはああいってたけど、今日は番にされないかもしれない)
そもそも発情期とはどんなものなのか。あの穏やかで静かな声でしっとりと話をするレイ先生が感じ切った大声を立て喘ぐほど激しいものだと、理解はしていた。
(あれに比べたらまだまだって感じ。ぞくぞくするけど、熱っぽいだけでまだ動けると思う。兄さんのフェロモンだって多分我慢できる。兄さんがこれ以上変なことをしてこなかったらだけど。でも一番いいのはここから逃げること)
ちょうど少し前、カイは食事を買いに出ていったところだ。どこまで買いに行ったのかも、どのくらいで戻るかもわからない。もしかしたらこの建物の隣の棟にある食堂になにかしら調達することも考えられたが建物の外には出ているに違いない。
『長い夜になるだろうから。食べれそうなものを買ってくる。なにか食べたいものはあるか?』
ヴィオを半分手に入れたような気になっているカイは、ご機嫌をうかがうように、いつも通りに近い優しい声を出したけど、ヴィオはちっとも嬉しくなかった。眠ったふりをして無視することもできたのだが、せっかくのチャンスを逃す手はない。
あえて甘えて要求することにより、ぎりぎり手に入りそうで、それでも探さなければならないようなものを考え付こうとした。
0
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。
熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。
七賀ごふん
BL
【何度失っても、日常は彼と創り出せる。】
──────────
身の回りのものの温度をめちゃくちゃにしてしまう力を持って生まれた白希は、集落の屋敷に閉じ込められて育った。二十歳の誕生日に火事で家を失うが、彼の未来の夫を名乗る美青年、宗一が現れる。
力のコントロールを身につけながら、愛が重い宗一による花嫁修業が始まって……。
※シリアス
溺愛御曹司×世間知らず。現代ファンタジー。
表紙:七賀


僕の番
結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが――
※他サイトにも掲載

【完】100枚目の離婚届~僕のことを愛していないはずの夫が、何故か異常に優しい~
人生1919回血迷った人
BL
矢野 那月と須田 慎二の馴れ初めは最悪だった。
残業中の職場で、突然、発情してしまった矢野(オメガ)。そのフェロモンに当てられ、矢野を押し倒す須田(アルファ)。
そうした事故で、二人は番になり、結婚した。
しかし、そんな結婚生活の中、矢野は須田のことが本気で好きになってしまった。
須田は、自分のことが好きじゃない。
それが分かってるからこそ矢野は、苦しくて辛くて……。
須田に近づく人達に殴り掛かりたいし、近づくなと叫び散らかしたい。
そんな欲求を抑え込んで生活していたが、ある日限界を迎えて、手を出してしまった。
ついに、一線を超えてしまった。
帰宅した矢野は、震える手で離婚届を記入していた。
※本編完結
※特殊設定あります
※Twitterやってます☆(@mutsunenovel)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる