香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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略奪編

逃亡1

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 あれからどのくらい時間が経ったのか。体感的には半刻程度だっただろうか。
 夏の日はすっかり傾き沈み、寝台に寝ころんだままのヴィオの足元にあった明かりをカイが灯すほどだった。すっかり大人しくなったヴィオに、カイも一見穏やかに接するようになっていた。

 実際のところ身動きするたび熱っぽくだるくなり、あの後すぐにぐったりして倒れこんでしまったらカイはあれ以上は触れてこなかった。これ幸いとそこからはそのまま具合が悪そうにしていることにしてやり過ごしていた。
 興奮すればするほどフェロモンが出ているのではないかと感じ恐ろしくなったので、とにかく安静にし、体力を温存してなんとか隙をついて逃げるしかないと思ったからだ。

 この建物の構造は雑駁にしかわからない。確か以前リアと泊まる予定だった宿のある駅とカイの暮らす独身者の寮や官舎は近くにあったと記憶している。

 (荷物は兄さんがどこかに隠してもってるから……、本当は抑制剤を飲みたいけど、探してる暇が惜しい。とりあえず何とかここを逃げ出したら駅に行って、交番に連れていってもらって、ジルさんに連絡してもらおう)

 中央にきてからほとんどセラフィンと行動を共にしていたので何ら困ることなどなかったが、例えば街ではぐれたときなどは一人で彷徨かずできるだけ速やかに交番に行ってジルを呼び出してもらい、連絡をもらったらセラフィンがすぐに迎えに行くからと何度も何度も言い含められていた。

 (数年前にできた中央の条例で、意に染まない番にならないように、危険を感じたオメガが交番に逃げ込んだら保護してくれることになったって。交番に行けば抑制剤ももらえるようになってるって。それに番関係は双方の合意のみによって行われるに然るべきって)

 セラフィンの兄らの若手の議員が推奨してきたオメガの保護運動の結果だと教えたくれたのだ。逆にオメガによってラットさせられそうになったアルファのための抑制剤も交番に置かれているらしいので勿論そのあたりは平等と言えた。

 ヴィオは寝台に寝かされたままぼうっとした頭を叱咤するように考えていた。番になる方法とはどんな風であったかと。

(発情期にアルファがオメガの項に噛みつくと、消えない痕が残って番になるって。でも僕は発情期が来たことがないから、今すぐにはこないかも? 兄さんはああいってたけど、今日は番にされないかもしれない)

 そもそも発情期とはどんなものなのか。あの穏やかで静かな声でしっとりと話をするレイ先生が感じ切った大声を立て喘ぐほど激しいものだと、理解はしていた。

(あれに比べたらまだまだって感じ。ぞくぞくするけど、熱っぽいだけでまだ動けると思う。兄さんのフェロモンだって多分我慢できる。兄さんがこれ以上変なことをしてこなかったらだけど。でも一番いいのはここから逃げること)

 ちょうど少し前、カイは食事を買いに出ていったところだ。どこまで買いに行ったのかも、どのくらいで戻るかもわからない。もしかしたらこの建物の隣の棟にある食堂になにかしら調達することも考えられたが建物の外には出ているに違いない。

『長い夜になるだろうから。食べれそうなものを買ってくる。なにか食べたいものはあるか?』

 ヴィオを半分手に入れたような気になっているカイは、ご機嫌をうかがうように、いつも通りに近い優しい声を出したけど、ヴィオはちっとも嬉しくなかった。眠ったふりをして無視することもできたのだが、せっかくのチャンスを逃す手はない。
 あえて甘えて要求することにより、ぎりぎり手に入りそうで、それでも探さなければならないようなものを考え付こうとした。

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