123 / 222
略奪編
愛するということ2
しおりを挟む
「教えて欲しい。頼む。病院に婚約者が向かいに来たと言っていた。多分従兄弟のカイ君じゃないかと思ってるんだ」
「それは本当。ヴィオは自分がベータだったと嘘をついて、バース検査をした後に逃げ出したようだ。こっちで勉強をしたいからなのか、カイと番うのが嫌だったからかは分からない。あるいはさ……」
車を追いかけてきた幼いヴィオの姿はジルも目にしていたし、その後もこちらが恥ずかしくなるほど幼く穏やかで拙いながらも親密な手紙のやり取りをしてきていたことも知っている。
前にこっそりヴィオからの手紙を読んだことがあるが、セラフィンへの変わらぬ敬愛と憧れに満ち溢れていた。あの頃はまだヴィオのバース性は決まっていなかったし、こりゃあ、こっちに出てきたら最大のライバルだろうななどと気軽に思っていたのがこうもあっさり具現化すると笑えるぐらいだ。
「あるいは、あんたを追いかけてきたんじゃないか?」
「俺を……。追いかけて?」
「だってさ、あの子の入りたい学校って医療に通じる学校ばかりなんだろ?」
「それは……。里の近くの街の診療所は小さくて、しかも医者が通いでしか来てくれないから大きな病気になると発見が遅れるし、叔母さんみたいに苦しむ人をなくしたいってヴィオが言ってたから……」
「まあ建前はそうだろ」
以前のセラフィン宛とジブリール宛、双方の手紙に書いてあったヴィオの希望は医療に通じる仕事に就くことだった。それをジルに話したのだってセラフィンなのだ。てっきり叔母のことがあったからその道を志しているとばかり思っていたセラに、(この鈍感野郎、俺にそれを言わすのか)とジルは内心罵った。
「先生、あんたが医者だから傍にいられる仕事に就きたかったんじゃないか? いつか中央に来たいってヴィオは言ってただろ? あんたの傍に来たかった。ただそれだけで理由を一生懸命考えたんじゃないのか」
「俺の傍に来たくて……。そんな理由なんていらないのに。ただ来たければくればいいのに」
そう言いながら山里に暮らすヴィオが理由もなく中央に出てくる。そんなこと確かにできるはずもないとセラフィンも考え直し、健気なヴィオの気持ちに打たれていた。
「もっと早く俺が会いに行ってあげればよかったんだ。俺もヴィオと同じだ。理由がなければ会いに行けないと思っていた」
「不器用な似た者同士だな、あんたたちは……。案外……」
ぎゅっと強くセラフィンの背を包み抱きしめながらジルは眉を下げて、半分は本音、半分は言いたくないことを意地を張って呟いた。
「お似合いなんじゃないのか」
「ジル……。あの子に会いたいんだ。頼む」
今でも一番に愛する男のなりふり構わぬ懇願に、ジルが逆らえるはずもない。
「カイにあの子の居場所を教えたのは俺だ。里にそのまま帰らずにこっちでヴィオを番にするといってた」
身を起こしてすぐさま飛び出そうとするセラフィンの腕を掴むと、ジルはなおも続けた。
「落ち着けって。まだ発情期が来ていないオメガをすぐに発情させられるかどうかは分からないだろ? 抑制剤が切れるのはいいとこ夜中だろうし、今はカイと軍の寮にいるはずだ。あんなところでオメガが発情したら大騒ぎになるだろう。流石にやらないだろ?」
セラフィンは腕を振り払い、再び扉に向かった。
「普通の状態ならな。ヴィオはプレ発情の兆候があって、あの晩の翌日から微熱を出してた。あのまま屋敷で休ませる予定だったのに、でていってしまったから。あのフェロモンが漏れだしたらアルファなら正気でいられるはずがない。ヴィオと会うためにカイが抑制剤を飲んでいなければ、互いに発情を誘発する恐れもある。フェル族は同族のフェロモンに一番強く反応するんだ」
寮の場所はどこだったか頭の中に思い浮かべながら床に落ちた鞄を拾上げると部屋の中からジルに呼ばれた。
「セラ!」
振り返ると直後に飛んてきた鍵をセラフィンは左手で受け止める。
「鍵、俺のバイク使ってくれ。裏手に停めてある。1分で支度するから俺もつれていけ。道案内するから。セラがフェル族のアルファと交戦することがあったら骨を拾ってやるし、ヴィオは俺が保護する。服用させる抑制剤持ってきてるだろ?」
「鞄の中に、瓶に入っている。経口型では一番強い奴だ」
冗談めかしながらも、実際カイとヴィオを奪い合うことになったら本当に半端のない大けがを負うかもしれないとジルはそれを恐れていた。誇り高く戦闘能力の高いフェル族の男から婚約者を略奪するなど文字通り命がけ、正気の沙汰ではない。しかしセラフィンもここで引くわけにはいかないのだ。
アルファ同士の番をかけた一騎打ちには、流石にジルも手助けするわけにはいかなかった。
現役警官で中央の街を知り尽くしているジルは話しながらも床に転がっていたブーツを履き、自分は素肌に硬めの上着を羽織ってセラに着せるライダージャケットとヘルメットを掴むとをすぐさま追いかけてくる。
戦争時に使われた軍の払い下げのバイクは大型で、身体の大きな男二人でも乗ることが容易い。結局なさけなくもジルの世話になるが、なりふり構ってはいられなかった。ヴィオの家族が迎えに来たのであれば渡してやるのは当然のことだし、そこにどんな私情が絡んでいたとしてもそもそもヴィオとしっかり話もせずに外に飛び出させてしまったすべての責任はセラフィン自身にあると思っていた。
(ヴィオ、待っていてくれ。俺はお前の素直な気持ちを聞きたいんだ)
☆どうぞ皆さま、ジルのスピンオフでも一生懸命考えますので、どんな子があうか一緒に考えてください。不憫な奴です……。このままずっとセラを好きなままで行くのもありかとちょっとは思いますが。
「それは本当。ヴィオは自分がベータだったと嘘をついて、バース検査をした後に逃げ出したようだ。こっちで勉強をしたいからなのか、カイと番うのが嫌だったからかは分からない。あるいはさ……」
車を追いかけてきた幼いヴィオの姿はジルも目にしていたし、その後もこちらが恥ずかしくなるほど幼く穏やかで拙いながらも親密な手紙のやり取りをしてきていたことも知っている。
前にこっそりヴィオからの手紙を読んだことがあるが、セラフィンへの変わらぬ敬愛と憧れに満ち溢れていた。あの頃はまだヴィオのバース性は決まっていなかったし、こりゃあ、こっちに出てきたら最大のライバルだろうななどと気軽に思っていたのがこうもあっさり具現化すると笑えるぐらいだ。
「あるいは、あんたを追いかけてきたんじゃないか?」
「俺を……。追いかけて?」
「だってさ、あの子の入りたい学校って医療に通じる学校ばかりなんだろ?」
「それは……。里の近くの街の診療所は小さくて、しかも医者が通いでしか来てくれないから大きな病気になると発見が遅れるし、叔母さんみたいに苦しむ人をなくしたいってヴィオが言ってたから……」
「まあ建前はそうだろ」
以前のセラフィン宛とジブリール宛、双方の手紙に書いてあったヴィオの希望は医療に通じる仕事に就くことだった。それをジルに話したのだってセラフィンなのだ。てっきり叔母のことがあったからその道を志しているとばかり思っていたセラに、(この鈍感野郎、俺にそれを言わすのか)とジルは内心罵った。
「先生、あんたが医者だから傍にいられる仕事に就きたかったんじゃないか? いつか中央に来たいってヴィオは言ってただろ? あんたの傍に来たかった。ただそれだけで理由を一生懸命考えたんじゃないのか」
「俺の傍に来たくて……。そんな理由なんていらないのに。ただ来たければくればいいのに」
そう言いながら山里に暮らすヴィオが理由もなく中央に出てくる。そんなこと確かにできるはずもないとセラフィンも考え直し、健気なヴィオの気持ちに打たれていた。
「もっと早く俺が会いに行ってあげればよかったんだ。俺もヴィオと同じだ。理由がなければ会いに行けないと思っていた」
「不器用な似た者同士だな、あんたたちは……。案外……」
ぎゅっと強くセラフィンの背を包み抱きしめながらジルは眉を下げて、半分は本音、半分は言いたくないことを意地を張って呟いた。
「お似合いなんじゃないのか」
「ジル……。あの子に会いたいんだ。頼む」
今でも一番に愛する男のなりふり構わぬ懇願に、ジルが逆らえるはずもない。
「カイにあの子の居場所を教えたのは俺だ。里にそのまま帰らずにこっちでヴィオを番にするといってた」
身を起こしてすぐさま飛び出そうとするセラフィンの腕を掴むと、ジルはなおも続けた。
「落ち着けって。まだ発情期が来ていないオメガをすぐに発情させられるかどうかは分からないだろ? 抑制剤が切れるのはいいとこ夜中だろうし、今はカイと軍の寮にいるはずだ。あんなところでオメガが発情したら大騒ぎになるだろう。流石にやらないだろ?」
セラフィンは腕を振り払い、再び扉に向かった。
「普通の状態ならな。ヴィオはプレ発情の兆候があって、あの晩の翌日から微熱を出してた。あのまま屋敷で休ませる予定だったのに、でていってしまったから。あのフェロモンが漏れだしたらアルファなら正気でいられるはずがない。ヴィオと会うためにカイが抑制剤を飲んでいなければ、互いに発情を誘発する恐れもある。フェル族は同族のフェロモンに一番強く反応するんだ」
寮の場所はどこだったか頭の中に思い浮かべながら床に落ちた鞄を拾上げると部屋の中からジルに呼ばれた。
「セラ!」
振り返ると直後に飛んてきた鍵をセラフィンは左手で受け止める。
「鍵、俺のバイク使ってくれ。裏手に停めてある。1分で支度するから俺もつれていけ。道案内するから。セラがフェル族のアルファと交戦することがあったら骨を拾ってやるし、ヴィオは俺が保護する。服用させる抑制剤持ってきてるだろ?」
「鞄の中に、瓶に入っている。経口型では一番強い奴だ」
冗談めかしながらも、実際カイとヴィオを奪い合うことになったら本当に半端のない大けがを負うかもしれないとジルはそれを恐れていた。誇り高く戦闘能力の高いフェル族の男から婚約者を略奪するなど文字通り命がけ、正気の沙汰ではない。しかしセラフィンもここで引くわけにはいかないのだ。
アルファ同士の番をかけた一騎打ちには、流石にジルも手助けするわけにはいかなかった。
現役警官で中央の街を知り尽くしているジルは話しながらも床に転がっていたブーツを履き、自分は素肌に硬めの上着を羽織ってセラに着せるライダージャケットとヘルメットを掴むとをすぐさま追いかけてくる。
戦争時に使われた軍の払い下げのバイクは大型で、身体の大きな男二人でも乗ることが容易い。結局なさけなくもジルの世話になるが、なりふり構ってはいられなかった。ヴィオの家族が迎えに来たのであれば渡してやるのは当然のことだし、そこにどんな私情が絡んでいたとしてもそもそもヴィオとしっかり話もせずに外に飛び出させてしまったすべての責任はセラフィン自身にあると思っていた。
(ヴィオ、待っていてくれ。俺はお前の素直な気持ちを聞きたいんだ)
☆どうぞ皆さま、ジルのスピンオフでも一生懸命考えますので、どんな子があうか一緒に考えてください。不憫な奴です……。このままずっとセラを好きなままで行くのもありかとちょっとは思いますが。
0
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭

白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる