122 / 222
略奪編
愛するということ1
しおりを挟む
「……本当に、お前になら、いいって思っていた時期もあったんだ」
弱弱しい声を出しセラフィンはジルの方に横向きに寝転ぶと、添い寝するように身体を寄せてジルの向日葵のように明るい瞳を覗き込む。手の平の間からずらしてみた彼の顔は困っているような、悲しんでいるような。日頃冗談ばかり言う陽気な彼の弱った姿は貴重であるが、胸が痛みあまり見たい姿ではない。
ジルはゆっくりとセラフィンの頬に手を伸ばして、たまに甘えてすり寄ってきた時のように大切に包む。いつも通りの自分の部屋、たまには共に酒に酔ったま寝転んだ寝台の上。セラフィンがいつも通りのジルを信頼しきった穏やかで甘い眼差しを向けてくることにまた心が掻きむしられる。いっそ嫌われたり軽蔑された目で見られた方がよほどましな気がした。
過去形で語られるその言葉にジルはどう答えていいのかわからなかった。分からないが多分これは不器用なセラフィンからの精一杯のジルへの告白の答えだと感じ、胸に熱くこみあげてくるものがある。また涙が滲みかけて、覗き込む男の顔を目を閉じ視界から消して思索したのだ。
あの晩、ベラは香水の入ったアンプルを差し出しながら、いわゆるライバルであるジルにこう切り出したのだ。
『セラはね、アタシに拾われる前に男たちによってたかって犯されかかってたから、男から突っかかられたり暴力振るわれたり、性的に何かされるの本当は苦手なのよ。わが身をなげうって抱かれるなんてことは、恐怖でしかないでしょうね。本当はいつでもそれを隠して身体を鍛えてフェロモンで牽制している。でも貴方には潔癖なセラが部屋へ踏み込むことを許してるなら、それなりに心を動かされてたってことじゃない? 試せばいいわ。心を許したことがある人でないと、容易くかからない暗示よ。暗示がかかるならそれはどこか貴方に気持ちがあるってことだわね。大昔の迷惑な恋人にも非情になり切れない、あの子はそういう情の強いところのある子なのよ。たまんないでしょ?』
『知ってたさ。そういう愛情深いところが俺も好きなんだ』
ベラ自身、時を経てもまだ自分の暗示にかかったセラフィンに再び火をつけられたのかもしれないと、ジルはその時得心した。セラフィンはそういう、一度心に触れた人に対してどこまでも寛容で、振れなば落ちんような、仄かに匂い立つ艶がある。
それが無意識に人の欲を煽るのだから、本当にタチが悪いのだ。
(だから俺はずっと、セラの中毒だ。抜け出せないんだ)
『暗示はね、もうじき永遠にかからなくなると思うわ。試すなら早くしなさいね。あの子が本当に欲しいと思える人に出会えた時、番を得たならば自然と解けて消えるのよ』
そういうと手ごわい女狐も何故か少し寂しげだが優しい顔をして笑った。
その部分だけはセラフィンを愛した者同士、分かり合えるところだったし、セラフィンへの想いを面と向かって誰かに告げられたことすらなかったので口にすることで彼への長年の思慕が少し昇華された気すらした。
「ジル、ごめんな。お前の気持ちを知っていて手放せなかったのは俺のエゴだ。お前との関係が心地よくて浸っていたかったから、手酷く振ってやることもできなかった」
一度ジルの熱い掌に頬を預けてからセラフィンは顔を離して小さく頭を下げる。
「すまない」
ジルは甘い目元と女性を虜にしている垂れ目を切なげに細めながら、膝を抱えてうつむいた。
「それってさ。ある意味愛の告白だな、セラは俺のこと好きだから、俺を手酷くは振れない。でも俺のものにはならない。キッツイわ」
顔を上げると気づかわし気に覗き込んできたセラフィンの目にも少しだけ涙の被膜が張り揺れていた。玲瓏とした美貌を持ちながら日々表情に乏しかった彼の、稀有な水晶のように煌く涙を絞り出せたことだけでも僥倖なのかもしれない。
蒼い目から零れ落ちた雫をかさついた唇で拭うとそのまま白い額に口づけて一度だけ彼を強く腕の中に抱きしめた。
(諦めんのは……、まあいつでもできるだろ……)
諦めが悪くて積極的なのが取り柄のジルは、そのまま優しくセラフィンの貝殻のように柔らかな耳たぶに口づける。
「俺はこのままで……。いいぜ。番がいてもいなくても、考えてみたらアルファ同士は別に困らない。これからも勝手にあんたを想っていくことだってできる」
「ジル! それは……」
「そこは付け入らせてくれよ……。断ち切りたくないんだ。あんたとの縁を」
少年の日、デパートで鮮烈な出会いをした紫の香水のポスター。
その後に奇跡的に出会えた瓜二つの男。
共に支えあい、刺激を与えあい、沢山旅した日々。
それらが、ジルとセラフィンの青春の全てだ。
胸の中に散りばめられた輝く記憶の断片たち。
そんなものを全ていきなり手放すことはジルにもできなかった。
乱れても滑らかな黒髪と頭を撫ぜながら、ため息をつきつつ、酒もすっかり抜けて頭もすっきりしてきたジルはいつも通り気楽に考えることにした。
(ま、人妻への恋も燃えるっていうし、人の夫も色っぽくていいかもな)
「ヴィオの居場所の心当たりを知りたいんだろ?」
こくり、と頷くセラフィンの表情には再びジルへの厚い信頼が戻り複雑な気分になったが、ジルは気持ちを切り替えて自分が蒔いた種を刈り取ることにした。
弱弱しい声を出しセラフィンはジルの方に横向きに寝転ぶと、添い寝するように身体を寄せてジルの向日葵のように明るい瞳を覗き込む。手の平の間からずらしてみた彼の顔は困っているような、悲しんでいるような。日頃冗談ばかり言う陽気な彼の弱った姿は貴重であるが、胸が痛みあまり見たい姿ではない。
ジルはゆっくりとセラフィンの頬に手を伸ばして、たまに甘えてすり寄ってきた時のように大切に包む。いつも通りの自分の部屋、たまには共に酒に酔ったま寝転んだ寝台の上。セラフィンがいつも通りのジルを信頼しきった穏やかで甘い眼差しを向けてくることにまた心が掻きむしられる。いっそ嫌われたり軽蔑された目で見られた方がよほどましな気がした。
過去形で語られるその言葉にジルはどう答えていいのかわからなかった。分からないが多分これは不器用なセラフィンからの精一杯のジルへの告白の答えだと感じ、胸に熱くこみあげてくるものがある。また涙が滲みかけて、覗き込む男の顔を目を閉じ視界から消して思索したのだ。
あの晩、ベラは香水の入ったアンプルを差し出しながら、いわゆるライバルであるジルにこう切り出したのだ。
『セラはね、アタシに拾われる前に男たちによってたかって犯されかかってたから、男から突っかかられたり暴力振るわれたり、性的に何かされるの本当は苦手なのよ。わが身をなげうって抱かれるなんてことは、恐怖でしかないでしょうね。本当はいつでもそれを隠して身体を鍛えてフェロモンで牽制している。でも貴方には潔癖なセラが部屋へ踏み込むことを許してるなら、それなりに心を動かされてたってことじゃない? 試せばいいわ。心を許したことがある人でないと、容易くかからない暗示よ。暗示がかかるならそれはどこか貴方に気持ちがあるってことだわね。大昔の迷惑な恋人にも非情になり切れない、あの子はそういう情の強いところのある子なのよ。たまんないでしょ?』
『知ってたさ。そういう愛情深いところが俺も好きなんだ』
ベラ自身、時を経てもまだ自分の暗示にかかったセラフィンに再び火をつけられたのかもしれないと、ジルはその時得心した。セラフィンはそういう、一度心に触れた人に対してどこまでも寛容で、振れなば落ちんような、仄かに匂い立つ艶がある。
それが無意識に人の欲を煽るのだから、本当にタチが悪いのだ。
(だから俺はずっと、セラの中毒だ。抜け出せないんだ)
『暗示はね、もうじき永遠にかからなくなると思うわ。試すなら早くしなさいね。あの子が本当に欲しいと思える人に出会えた時、番を得たならば自然と解けて消えるのよ』
そういうと手ごわい女狐も何故か少し寂しげだが優しい顔をして笑った。
その部分だけはセラフィンを愛した者同士、分かり合えるところだったし、セラフィンへの想いを面と向かって誰かに告げられたことすらなかったので口にすることで彼への長年の思慕が少し昇華された気すらした。
「ジル、ごめんな。お前の気持ちを知っていて手放せなかったのは俺のエゴだ。お前との関係が心地よくて浸っていたかったから、手酷く振ってやることもできなかった」
一度ジルの熱い掌に頬を預けてからセラフィンは顔を離して小さく頭を下げる。
「すまない」
ジルは甘い目元と女性を虜にしている垂れ目を切なげに細めながら、膝を抱えてうつむいた。
「それってさ。ある意味愛の告白だな、セラは俺のこと好きだから、俺を手酷くは振れない。でも俺のものにはならない。キッツイわ」
顔を上げると気づかわし気に覗き込んできたセラフィンの目にも少しだけ涙の被膜が張り揺れていた。玲瓏とした美貌を持ちながら日々表情に乏しかった彼の、稀有な水晶のように煌く涙を絞り出せたことだけでも僥倖なのかもしれない。
蒼い目から零れ落ちた雫をかさついた唇で拭うとそのまま白い額に口づけて一度だけ彼を強く腕の中に抱きしめた。
(諦めんのは……、まあいつでもできるだろ……)
諦めが悪くて積極的なのが取り柄のジルは、そのまま優しくセラフィンの貝殻のように柔らかな耳たぶに口づける。
「俺はこのままで……。いいぜ。番がいてもいなくても、考えてみたらアルファ同士は別に困らない。これからも勝手にあんたを想っていくことだってできる」
「ジル! それは……」
「そこは付け入らせてくれよ……。断ち切りたくないんだ。あんたとの縁を」
少年の日、デパートで鮮烈な出会いをした紫の香水のポスター。
その後に奇跡的に出会えた瓜二つの男。
共に支えあい、刺激を与えあい、沢山旅した日々。
それらが、ジルとセラフィンの青春の全てだ。
胸の中に散りばめられた輝く記憶の断片たち。
そんなものを全ていきなり手放すことはジルにもできなかった。
乱れても滑らかな黒髪と頭を撫ぜながら、ため息をつきつつ、酒もすっかり抜けて頭もすっきりしてきたジルはいつも通り気楽に考えることにした。
(ま、人妻への恋も燃えるっていうし、人の夫も色っぽくていいかもな)
「ヴィオの居場所の心当たりを知りたいんだろ?」
こくり、と頷くセラフィンの表情には再びジルへの厚い信頼が戻り複雑な気分になったが、ジルは気持ちを切り替えて自分が蒔いた種を刈り取ることにした。
0
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。
熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。
七賀ごふん
BL
【何度失っても、日常は彼と創り出せる。】
──────────
身の回りのものの温度をめちゃくちゃにしてしまう力を持って生まれた白希は、集落の屋敷に閉じ込められて育った。二十歳の誕生日に火事で家を失うが、彼の未来の夫を名乗る美青年、宗一が現れる。
力のコントロールを身につけながら、愛が重い宗一による花嫁修業が始まって……。
※シリアス
溺愛御曹司×世間知らず。現代ファンタジー。
表紙:七賀


僕の番
結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが――
※他サイトにも掲載

【完】100枚目の離婚届~僕のことを愛していないはずの夫が、何故か異常に優しい~
人生1919回血迷った人
BL
矢野 那月と須田 慎二の馴れ初めは最悪だった。
残業中の職場で、突然、発情してしまった矢野(オメガ)。そのフェロモンに当てられ、矢野を押し倒す須田(アルファ)。
そうした事故で、二人は番になり、結婚した。
しかし、そんな結婚生活の中、矢野は須田のことが本気で好きになってしまった。
須田は、自分のことが好きじゃない。
それが分かってるからこそ矢野は、苦しくて辛くて……。
須田に近づく人達に殴り掛かりたいし、近づくなと叫び散らかしたい。
そんな欲求を抑え込んで生活していたが、ある日限界を迎えて、手を出してしまった。
ついに、一線を超えてしまった。
帰宅した矢野は、震える手で離婚届を記入していた。
※本編完結
※特殊設定あります
※Twitterやってます☆(@mutsunenovel)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる