香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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略奪編

ジルの策略3

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 「はは……。本当に、効いたのか」

 自分でしておいてその言い草はないが、ベラの教えは正しかったということになる。
 暗示が掛かったセラフィンの身体は自らを支えることができずにずるずるとソファーの上から床へずり落ちていった。
 ジルは一度ソファーから降り彼を抱きとめると宝物のように大切に彼を抱えたままゆっくりと立ち上がった。
 身長も背格好もそう変わらぬ男の身体を担ぎ上げるのはそう軽々とはいかない。ぐったりと力の抜けたセラフィンの腕を肩に担ぐと脇に手を入れて、寝室まで引きずるように運んでいく。
 幾分日当たりのいい寝室にはカーテンがゆらゆらとした影を落としながらはためき、涼しい午後の風が壁に貼ったポスターを揺らしかさかさと鳴らす。

 街の喧騒すら遠く聞こえ、時の流れから自分たちだけが取り残されたかのような静かな空間。青いシーツが波打ちくしゃくしゃの生活感あふれる寝台の上、セラフィンは目を瞑り、さながら安らかに眠っているかのようにも見えた。少年の日にジルが焦がれた絶世の美貌と謳われた双子の兄と違わぬ、白い顔が揺らめく光に照らされる。

 既視感のある光景だ。初めてセラフィンの家に泊まったあの夜。寝台の上でしどけなく眠ったふりをしていた悪戯なこの男は、あの頃はまだ誰のものでもなかったのだろうか。

 あの夜、若さと勢いで行き着くところまで向かえば良かったのだと何度後悔したのかわからない。タイミングを逃し、ずっと友人の域から抜け出せずにいた。
 あまりに静かで清らかにすら見える瞑目した美しい姿を今だけは自分の物のように眺め、ジルも冷静な頭に立ち返る。

「セラ?」

 あのまま呼吸すら止まってしまったのかと思い、ジルは慌ててセラフィンの口元に顔を寄せると、吐息が薄くはかれていて安堵する。
 寝台から投げ出されていた腕を持ち上げ、完全に力の抜けたその指の長い手を持ち上げて手の甲に口づける。同じ性別の、しかもアルファであるのになぜこんなにも彼に心惹かれてしまうのだろうか。

 先ほどまでの激情を洗い流された静けさの中、自分も寝台に腰を掛けると思わぬほど無防備なその顔を見降ろした。

 流石に30を過ぎた男の顔をあどけないとまでは思わないが、こうして長い前髪もめくれ額を全開にして微睡むような表情を浮かべているとぐっと若く見えた。
 長く黒いまつげに縁どられたジルが恋する海の青を宿した瞳は今は見ることはできないが、形の良い唇、すんなりと通った鼻筋、滑かな頬など余すところなく観察してジルは泣き笑いのような複雑な顔をした。

「やっぱり綺麗だな、先生」

 もっとずっと若い頃から。憧れ続けた美貌が手の届く位置にある。
 指先で薄く形の良い唇をするっとなぞる。勿論同じ男のものだからフワフワとまではいかないが柔らかいそれに指を含ませながら試しに命じてみた。

「セラ? 口を開けて」

 欲を帯びた低い声色でなぶる様に告げた。禁欲的で高潔な唇が僅かに開かれ、ジルは背徳感にぞくぞくしながら再び命じる。

「ねえ、セラ。舌出して」

 強請るようなジルの甘い声に反応し、素直にゆるゆると赤い舌が差し出され、ジルは頭の中に何かが爆ぜたような興奮を覚える。
 
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