香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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略奪編

ジルの策略1

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 扉がノックされたとき、歓喜なのか恐怖なのか。そのどちらもなのか。
 ジルの熱い身体は確かに震え、革張りのソファーに沈み込んでいた身体をゆっくりと起こして立ちあがる。
 重たい鉄の扉を開けるとジルの愛する男が宝石の如く青い瞳を不審げに凝らして彼を見上げてきた。

(俺のところに来たんだな。セラ)

 ヴィオを探しに来た婚約者だと名乗る従兄弟のカイに、ヴィオの職場を教えたのはジルだ。今日彼がレストランに出勤していたらきっと二人は出会っているはずだ。ここにセラフィンがきているということは、彼がヴィオを説得して連れ帰ったということだろうか。それともセラフィンが仕事途中にヴィオが職場から消えたことになり、その行方を捜すために警察署にきたのか。それともヴィオに去られた心の傷を癒しに、ジルを訪ねてきてくれたのか。

 委細はわからない。知らなくてもいい。
 ここにセラフィンが来てくれたこと以外に大切な事柄は存在しない。

「意外と早かったな?」
「ジル、お前、酔ってるのか?」

 そういってだらしない姿を晒したジルに一瞥をくれてから、セラフィンは彼らしくない乱暴な仕草ではだけたシャツをかき寄せるようにして掴みかかってきた。セラフィンの瞳は憤りと哀し気に歪み、ジルはそんな顔を見せるセラフィンを愛しくも憎らしく思った。

(俺がこんなになってんのは、誰のせいだよ……。)

 心が乱れるのはいつもこの甘えたがりの寂しがり屋で、しかし全てはジルに委ねてくれない連れないこの男のせいだ。

 いつも悠然と気品があり変わらずに美しい。その澄ました顔を歪めるほどにジルに夢中にならせて、乱してみたいと常々思っていた。

(今ちょうどそんな顔をしている。全てヴィオの為か)

 興奮で白皙の頬に朱が走り、悔し気な表情で見上げてくる顔がそそってたまらない。

 昨日の晩からポケットに忍ばせ、取り出して眺めてはまたしまっていた小さなガラスのアンプル。今は弄んでいた直後で、右手の掌に握りこんでいた。一瞬セラフィンの艶美な表情に見蕩れ、あの女から渡されたそれを思わず玄関で取り落してしまった。

 高質な音を立てて小さなガラスの瓶は木っ端みじんに飛び散り、甘い芳香が足元から立ち昇る。驚いて半歩下がったセラフィンの腕を引いてジルは部屋の中に引き込んだ。
 セラフィンが手にしていた鞄が重たい音を立てて扉にガチャンとぶつかり、固い床に落ちる。

 人口の多い中央での一般的な一人暮らし用の、日当たりもそこそこの狭い部屋だ。体格の良い男二人が数歩下がったらもうソファーのある位置。そこに決して軽くはないセラフィンを抱き上げるようにしてひっくり返った。

 長い脚でジルの上にまたがるように座ったセラフィンの腰に腕を回し、ジルは物憂げな顔つきで腹に力を込めて半ば起き上がる。

「そんなに酔ってるのか? おい、ジル!」
「五月蠅い。頭が痛いんだ」

 起き上がろうとしたセラフィンを許さず胸の内に抱き込むと、コシのある長い黒髪を撫ぜその先までも弄んだ後、手綱を引くように乱暴に掴み上げて後ろに引く。晒される艶めかしいほど白い首筋に狙いを定めるように食らいついた。

「痛っ! ジル、やめろ」
「やめない」

 つぷっとアルファ特有の犬歯を立てると、真珠の光沢の肌に血が滲む。肩に爪先が食い込みすごい力で押し返してくるが、ジルは髪をさらに引き体勢を崩すとその手を取ってわざと関節を痛めつけるような角度に捻り上げた。
 呻きながらもセラフィンは気丈に言い放つ。

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