香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

文字の大きさ
上 下
110 / 222
略奪編

セラフィンの思い3

しおりを挟む
「ああ、伝言ってあれだ。俺も小耳に挟んだぞ。ジルが『もしも先生が訪ねてくるようなら、自宅にいるから来てくれ』って言ってたぞ。先生また飲みに行こうな?」

 そういってセラフィンに下手くそなウィンクをよこすが、彼はすぐさま横から後ろから女性たちからどつきまわされた。

「ちょっと! 先輩がどうして言っちゃうのよ!」
「私が最初にここに来たんだからジルさんと食事に行くんだから!」
「ずるいわ!」
「わかりました。ありがとうございます」

 これ以上彼らに構っている暇などなく、どんどんと時間が過ぎていく。ジルが何か事情を知っているのではないかという疑念が、ぽとりと落ちてきた黒いシミのようにみるみると広がっていく。
 考えてみるとそもそもヴィオがセラフィンのもとにいることを知っている人間自体が少ないのだ。セラフィンの家族、ベラ、そしてジル。

(ジルなら里のものに連絡を取ってヴィオを連れ戻しに来てもらうことも可能だ。でもなぜ? そんな必要があるのか?)

 再び大通りに飛び出して行きかう人々を避けながらタクシーを何とかととめると車に乗り込んだ。今度はジルの住む駅、つまりは自分の自宅から程遠くない駅まで逆戻りだ。

 一刻も早くヴィオのもとにたどり着きたかった。そのためには何か事情を知っていそうなジルを掴まえることが先決と考えながらも、心は落ち着かず、みっともなくも車の中でガタガタと脚を踏み鳴らしてしまう。こんなにも駆り立てられるような気持になったことは、もしかしたら兄を追い求めた時以来かもしれない。

(いや……、あの時だって、俺はここまで無様に追いすがっただろうか? ソフィーの居場所をもっと粘ってバルク兄さんに聞くことだってできた。ランバートのおじい様に直談判して聞きに行くことだって、中央を飛び出してランバートの領地一つ一つをしらみつぶしにソフィーを探すことだってできたはずだ。でもそうはしなかった。心のどこかで、ソフィーと俺はいつかはそれぞれの道に別れなければいけないとわかっていたからじゃないか。今回だって本質は同じだ。ヴィオはドリの里に戻った方が幸せに生きられるかもしれない。あの里も、若い世代を頼りにしているだろう。同族の番はフェル族にとって相性抜群の相手だ。だけど、俺は......)

 今回ばかりはどうしても諦めたくなかった。ヴィオと心が通じ合ったと感じた時に彼から受け取った。あの暖かくももどかしく、陶然となるほど愛おしい、そんな宝物のような気持ちをまだ自分からもヴィオに伝えていない。そしてヴィオが自分のことをどう思っているのかも、正面切って確認もしていない。
 これがただの年上の男の恥ずかしい空回りの勘違いだったとしても、それならそれでいい。その時は涙を呑んでヴィオの幸せを祝福しよう。でももしも、ヴィオもセラフィンの気持ちに応えてくれる気持ちが少しでもあるのならば。そこに縋ってみたい。

 いつも何事とも距離を置き、涼しい顔で大抵のことがこなせるため、努力することもなければ、時には虚無を抱えすべてが詰まらなく思えて自暴自棄になり、全てを投げ出してしまいたくなる心地にもなった。

 でも結局そんな時でもそれなりに自分を保って美しく取り繕い、格好の悪い様は見せないようにしてきた。そんな姿はなんに対しても本気になり切れなかった中途半端なセラフィンのこれまでの生き方を象徴しているだろう。

 しかし今のセラフィンはどうであろうか。白衣の下に来ていた黒いシャツ一枚で汗だくになり、掴んでいた鞄のポケットは開いたまま、髪もぐしゃぐしゃ。
 はたから見たらそれでも見目麗しく見えているだろうが、初々しい恋情にまるで自分のペースを保てず、振り回されて胸の動悸を止められず。車のシートにだらしなく寄りかかって目を瞑る。

(ああ。人を本気で愛するってことは、どれだけ無様で愚かで恥ずかしくて。今までの自分を全て粉々にしてしまうほどの人生観の大変化だ。こんなみっともないことったらないな。それでも、俺は。あの子の番になりたい。どうしてもなりたい。ヴィオ、優しくて愛らしい君に、もう一度君に触れさせてほしい。この腕に君を取り戻せたなら、今度こそ誠実に。生涯の愛を君に誓おう)
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

彼は罰ゲームでおれと付き合った

和泉奏
BL
「全部嘘だったなんて、知りたくなかった」

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

処理中です...