香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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略奪編

セラフィンの思い2

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 受付から身を乗り出すようにして、セラフィンに説明する気満々だ。
「多分その方軍人さんで前にもお見かけしたことがあるような。とにかくハンサムで圧倒されるような独特の雰囲気のあるお兄さんだから印象に残ってます。でもちょっと気になったのが……」

 病院でのヴィオの母を自称し、仕事を紹介してくれたり古着を持ってきてくれたりしている受付の女性はその時の様子を思い出して憤慨しだした。

「あのお兄さん、嫌がるヴィオ君にオメガ用の首輪をつけて連れ帰ったんですよ! まるでワンちゃん扱いよ! あれには本当に頭にきたわ。レストランのマネージャーにヴィオ君一体どうなっちゃったの? って聞きに行ったら婚約者が迎えに来たって言うし。あのお兄さんが婚約者なんだろうけど……。先生ヴィオ君に婚約者がいた事知っていたんですか? ヴィオ君、顔色が真っ青でショックで倒れこんでいたから私は心配で心配で」
「婚約者……、首輪……」

 ヴィオの相手なのだから、十中八九アルファだろう。アルファもオメガも一般的には希少と言われているから親族内に双方現れた場合は番わせることも少なくない。特に里があんなことになった後なのだ、従兄弟のカイならば、里の中では二人の結婚を後押しするものも多かっただろう。しかしセラフィンはとても素直に喜ぶことなどできない。
 首輪の件もとても聞き逃せなかった。項保護用の首輪は有益だと言われているし中央育ちのオメガならば競って美麗な首輪をつけて着飾ることもある。流行のアクセサリーのように扱われ意中のオメガに求愛の印として贈ることすらあるのだ。
 しかし田舎育ちのヴィオはそんなことは知らないし、望まぬ番になることから身を守るためとはいえ首輪をどうしても嫌がっていた。だからセラフィンは抑制剤で彼を守れるならば、と考えて自分にできる全てを尽くして丹精を凝らし抑制剤を調合したのだ。

「嫌がるヴィオに首輪を……。絶対に許せない」

 セラフィンは忌々しげにそう吐き捨て、秀麗な眉を吊り上げて青い目をかっと見開いた。受付の女性は日頃礼儀正しく人形のように端正で物静かなセラフィンのそんな激しい一面にびっくりしたが、同時に頼もしくも思えた。

「そうですよ! 先生。ヴィオ君は話すことと言ったら先生のことばかりだったし。絶対先生のことが好きに決まってます。私にはわかります!」

 セラフィンの脳裏に診察時、首輪を見せたときのヴィオの恐怖にも似た悲しそうな顔が蘇り、胸を掻きむしられるほどの心の痛みとそんな目にヴィオを合わせた相手に対し目が眩むほどの怒りが沸々と沸き起こる。それがヴィオを探し出そうと駆り立てられる気持ちに拍車をかけた。

「先生、ヴィオ君にまた元気に顔を見せてくれるの、待っているわって伝えてください」
「ありがとうございます。私が必ずヴィオを連れて帰ります」

 病院という場所柄、紺色の光沢ある車体のタクシーが沢山停まっていたが一番手前の車に飛び乗って、ジルの勤め先であるこの地域を管轄する警察署に向かわせる。

 急かせ続けた車が入り口手前の路上に乱暴に停められると、釣りもとらずに転がり下りるように車を降りる。そこから警察署の入り口の階段を何段も飛ばして彼らしくない必死の形相で駆けあがった。

 灰青石がつるつる危ないと評判の悪い署内の床を半分滑りながら一番手前の受付にもんどりうって飛び込むと、横から何度かジルの仲立ちで酒を飲んだことがある男が声をかけてきた。

「あ、モルス先生」
「至急、ジル呼んでもらえますか?」

 美人だ美人だと酒に酔うたびセラフィンの顔を誉めそやしてきたジルの先輩警官が白髪交じりのこげ茶のぼさぼさ頭を掻きながらすまなそうな顔をした。

「ジルは今日休暇取ってるんだ」

(あいつが、休暇……?)

 セラフィン以上に年休を取ることが稀な彼がこのタイミングで彼が休みを取っていることにすぐに違和感を覚えた。
 乱れてもなお癖がなく艶やかな黒髪をかき上げ、一瞬典麗な白い顔をこわばらせて固まったセラフィンだが、そこに今度はこれまた一緒に飲んだことのある女性の職員が3人ほど横から先輩に体当りするように駆け込んできた。押し合いへし合い一番にたどり着いた金髪の女性が彼を押しのけてセラフィンの前に立つ。

「はいはいはーい! 私が一番だから」
「ええ! ほとんど同時だったじゃない!」
「先生に話したもん勝ちよ。ねえ、先生、ジルさんから伝言預かってるんです。先生に伝えられた人がジルさんと二人っきりで食事にいけるんです!」
「二人っきりとは言ってない! 伝えられたら何人だっていいでしょ!」
「それじゃこの勝負意味ないじゃない」

 そもそもジルに好意を抱いている女性たちばかりだ。下手な勝負で競わせるなんて趣味が悪いとセラフィンはジルの仕業に呆れきった。しかし益々ジルのこの行動に対する不信感がじわじわと広がってきた。

 その後も女性たちはセラフィンの肩ぐらいの高さの赤と黒と黄色の頭が付き合わされてぎゃあぎゃあ騒いで収拾がつかない。

 すると先輩が再び彼女たちを押しのけて、彼の好みだというセラフィンの顔を相変わらず色っぽいなあとにやけてみながら点数を稼ぐように教えてくれた。

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