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略奪編
セラフィンの思い1
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昼食もとらずに研究室や資料室を行ったり来たりしていたセラフィンは何度目かの内線の呼び出しでようやく受話器を手に取った。落ち着いた女性の声がして、それは軍の病棟の方の受付からの内線だった。
『モルス先生宛に外線が入っています』
「わかりました。出ます」
仕事中に外線がわざわざかかってくることは稀なので、セラフィンは嫌な予感と胸騒ぎを覚えて指先を切り替えボタンに強く押し付けた。
『セラ、落ち着いて聞いて頂戴』
「ヴィオに何かあったのですね?」
声の主が最近話したばかりの母であることに驚き、すぐさま心当たりに探りを入れる。母の声がうわずっていたことから、あまり良い知らせではないと腕に持っていた資料を置き受話器を耳横に挟みながら早くも白衣を脱ぎ始めた。
久々に聞いた母の声は昔よく聞いたような感情が零れ落ちてくるような涙声で、セラフィンの不安をより煽ってくる。
『ヴィオ君が里に帰りますって書き置きを残して屋敷を出てしまったの。守衛がいうにはお父様が門の外にいたヴィオ君を車に乗せていってしまったみたいなのよ。誰も止められなくて本当にごめんなさい。今皆で中央の駅の方まで連絡も入れて探しているから、セラ? きいているの? ヴィオ君はね! 貴方のことを!』
「くそっ」
普段は絶対に口にしないような汚い言葉を発しながら、セラフィンは白衣を脱ぎ捨てると、母が喚くような声で何か言っていたが最後まで聞かずに受話器を乱暴に音を立てて戻した。そして扉に向かって踵を返すと、すぐに準備に鞄を取りに行って駆け出した。
同僚の医師たちが驚いた様子で必至の形相のセラフィンを見たが構わない。その間も頭の中は消えてしまったヴィオのことでいっぱいだった。
(中央駅に行けばいいのか? いや、駅には家のものが行っているから任せよう。里の方面に向かう特別列車は本数は少ないし、そこで捕まれば大丈夫だろう。それよりも街の中で迷っていたら? また微熱を出してふらふらしてどこかで倒れでもしていたらどうする? オメガの誘拐なんて一昔前の中央では日常茶飯だった。今だってなくはないだろう。抑制剤の効き目を調整したからといって万全なわけじゃない)
時刻は昼下がりといっていい時刻だ。日没まではまだ何刻もあるが日中のうちにどうにかヴィオの居場所を突き止めたい。
それには万全を期すため警察署にいってジルにも一報を入れたほうが良いと即断する。一刻も早く病院を飛び出したくて、タクシーを捕まえやすい正面玄関前のロビーに驚く人々を尻目に黒髪を翻して飛び出してくると、受付の女性が立ちあがって手を振ってきた。
「モルス先生!」
「すまない。先を急いでるんだ」
「伝えたいことがあって何度か内線鳴らしてもらったんですよ! 2刻ほど前に具合悪そうなヴィオ君を身体が大きなヴィオ君と同じフェル族の男性が抱えてタクシー乗り場の方に出ていきましたけど、大丈夫でしたか?」
フェル族、の単語にセラフィンは敏感に立ち止まり、会計を待つ患者にぶつからないように注意しながらも飛びつくように受付に戻った。
「ヴィオがここに来ていた? 詳しく教えてくれ」
(フェル族? ヴィオの従兄弟か? ヴィオは中央で進学するためにこちらに来たのではないのか? どうしてヴィオが病院にいるとわかったのか。偶然なのか?)
様々な可能性が頭を過る。しかしヴィオが自ら里に帰りますと書き置きしていたことや、セラフィンとの暮らしの中で従兄弟と接触していた形跡はなかったことから、里に帰る前にたまたま職場に立ち寄ったところに偶然出会えたのだろうか。今の話だけではうかがい知ることができなかった。
それにしてもこんな目と鼻の先にヴィオが来ていたのに仕事にかまけて掴まえられなかったなんて、不覚すぎて自分で自分が嫌いになりそうだ。
『モルス先生宛に外線が入っています』
「わかりました。出ます」
仕事中に外線がわざわざかかってくることは稀なので、セラフィンは嫌な予感と胸騒ぎを覚えて指先を切り替えボタンに強く押し付けた。
『セラ、落ち着いて聞いて頂戴』
「ヴィオに何かあったのですね?」
声の主が最近話したばかりの母であることに驚き、すぐさま心当たりに探りを入れる。母の声がうわずっていたことから、あまり良い知らせではないと腕に持っていた資料を置き受話器を耳横に挟みながら早くも白衣を脱ぎ始めた。
久々に聞いた母の声は昔よく聞いたような感情が零れ落ちてくるような涙声で、セラフィンの不安をより煽ってくる。
『ヴィオ君が里に帰りますって書き置きを残して屋敷を出てしまったの。守衛がいうにはお父様が門の外にいたヴィオ君を車に乗せていってしまったみたいなのよ。誰も止められなくて本当にごめんなさい。今皆で中央の駅の方まで連絡も入れて探しているから、セラ? きいているの? ヴィオ君はね! 貴方のことを!』
「くそっ」
普段は絶対に口にしないような汚い言葉を発しながら、セラフィンは白衣を脱ぎ捨てると、母が喚くような声で何か言っていたが最後まで聞かずに受話器を乱暴に音を立てて戻した。そして扉に向かって踵を返すと、すぐに準備に鞄を取りに行って駆け出した。
同僚の医師たちが驚いた様子で必至の形相のセラフィンを見たが構わない。その間も頭の中は消えてしまったヴィオのことでいっぱいだった。
(中央駅に行けばいいのか? いや、駅には家のものが行っているから任せよう。里の方面に向かう特別列車は本数は少ないし、そこで捕まれば大丈夫だろう。それよりも街の中で迷っていたら? また微熱を出してふらふらしてどこかで倒れでもしていたらどうする? オメガの誘拐なんて一昔前の中央では日常茶飯だった。今だってなくはないだろう。抑制剤の効き目を調整したからといって万全なわけじゃない)
時刻は昼下がりといっていい時刻だ。日没まではまだ何刻もあるが日中のうちにどうにかヴィオの居場所を突き止めたい。
それには万全を期すため警察署にいってジルにも一報を入れたほうが良いと即断する。一刻も早く病院を飛び出したくて、タクシーを捕まえやすい正面玄関前のロビーに驚く人々を尻目に黒髪を翻して飛び出してくると、受付の女性が立ちあがって手を振ってきた。
「モルス先生!」
「すまない。先を急いでるんだ」
「伝えたいことがあって何度か内線鳴らしてもらったんですよ! 2刻ほど前に具合悪そうなヴィオ君を身体が大きなヴィオ君と同じフェル族の男性が抱えてタクシー乗り場の方に出ていきましたけど、大丈夫でしたか?」
フェル族、の単語にセラフィンは敏感に立ち止まり、会計を待つ患者にぶつからないように注意しながらも飛びつくように受付に戻った。
「ヴィオがここに来ていた? 詳しく教えてくれ」
(フェル族? ヴィオの従兄弟か? ヴィオは中央で進学するためにこちらに来たのではないのか? どうしてヴィオが病院にいるとわかったのか。偶然なのか?)
様々な可能性が頭を過る。しかしヴィオが自ら里に帰りますと書き置きしていたことや、セラフィンとの暮らしの中で従兄弟と接触していた形跡はなかったことから、里に帰る前にたまたま職場に立ち寄ったところに偶然出会えたのだろうか。今の話だけではうかがい知ることができなかった。
それにしてもこんな目と鼻の先にヴィオが来ていたのに仕事にかまけて掴まえられなかったなんて、不覚すぎて自分で自分が嫌いになりそうだ。
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