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略奪編
さようなら2
しおりを挟むそれがヴィオが出した答えだった。リアに嘘をつかせたことを詫び、まだ休暇で里に残っているはずのカイにも嘘をついてまで中央に残ったことも謝る。
そしてアガを説得し、中央行きを正式に認めてもらうつもりだ。先生たちにもう一度進学の相談をし直して、来年の春の進学を目指して中央にきて暮らしていけるように手はずを整えなおさなければならない。そのためには親や協会の援助が必要だということも今回よくよくわかった。
(先生と一緒にいたいよ。ずっといたい。でもジブリール様にも言われた通り。僕が何の準備もなしにこの街で一人で暮らしていくのはいくら頑張っても無理だ。何か手段を考えないといけない。今回みたいに思い付きでやっていいことじゃないんだ。僕がオメガとして生きていくっていく、これからのことをもっとちゃんと真剣に考えないといけないんだ)
すっかり粥を平らげると、異国風の鮮やかな赤や緑で花が描かれた匙を受け皿に静かに置いて立ちあがる。
(先生も言ってた。里に戻ったら体調も落ち着くかもしれないって。長時間の移動に今ならまだ耐えられる気がする。薬が効いている今のうちに移動しよう)
枕元の机の引き出しにセラフィンが入れておいてくれた抑制剤の袋を取り出してセラフィンとこちらに来るときに持ってきていた小ぶりな鞄に入れたのだ。
セラフィンが学生時代に持っていたというその青い革製の鞄は小ぶりだが堅牢で艶々と輝きとても美しい。セラフィンは賢いので教科書は学校に置き去りにしていたそうで、もっぱら小さな鞄を使っていたといっていた。
『こんな使い古しで良かったら、ヴィオにあげるから使うといいよ』
病院のレストランの仕事に行くときに遣わせてもらっていた。ぜんぜんまだ綺麗に見えたし、むしろ少しの傷や皺はセラフィンの持ち物だった証のようでヴィオもとても愛着が湧いていたのだ。
(先生、この鞄はいただいていきます。いつかまたこの鞄を下げて先生の隣を歩いていける日まで。大切に使わせてもらいます)
そしてここに来るときに持ってこさせてもらっていたリュックや財布の中身を確かめる。客間の文机の椅子に腰かけるとガイドブックに挟んでおいた帰り道の電車の切符の買い方を書いたメモ書きにもう一度目を通した。それが終わると、先生に書置きを残すことにする。粗末な生成りの帳面の綴りから一枚紙を破り取り、何と書いていいかと考えた。
『先生、色々とありがとうございました。里に帰って父さんを説得して、必ずまた中央に来ます』
ただの決意の表れを書き綴ったものを一行きり。そこで筆が止まってしまった。不確定な要素ばかりで何の約束もできない。里に帰ったら戻ってこられる保証なんてないのだから、こんなことを書いて何の意味があるのだろうか。
続けて書きたかった言葉を書きだそうとして、ペンが凸凹とした紙の表面に引っかかって滲んでしまう。身体は健康になっても、心はまだ揺らぎやすい。そんな自分の変化に気が付けぬ未熟なヴィオは紙にさえ、周りの人に対する自分の身勝手な行動の不義理を咎められているような心地になった。知らず識らずに涙が盛り上がってきて、ぽたりとおちて文字が滲んだ。ヴィオは唇を噛みしめると、勢いに任せて続きを書いた。
『先生大好きです。いつでもお傍にいられるような僕になりたかった』
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