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略奪編
気づき1
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「誤解するなよ? 俺はヴィオを可愛いとは思うが、そういう意味では何とも思ってない」
ドアから入ってきた客がひいっと声を上げながら踵を返すぐらいには二人分の濃厚なアルファの牽制フェロモンが垂れ流されているようだ。
店のいい営業妨害であるから、ジルはきっちりと自分の立場を相手に知らせて半開きだった窓の木枠を強く窓を開いた。
ジルとカイの間を隔てるように白いレースのカーテンが風に踊り、強く少し生暖かい風が吹き抜けていく。
風が収まるとともに店の中の空気感が一掃され、カイは自分の顔を片手で覆って大きく息をつくと、カーテンを手で押さえながらジルに一礼した。
「すみません。俺は今、ちょっと冷静でなくて。こんなみっともないところを見せて、申し訳ない」
どこから見ても男として完璧なように思えたカイだが、けしてそうではなかったようだ。愛情の持って行き場に迷い空回りし、振り回されているただの青年だった。その姿はみっともないというより、自分の愚かさを素直に認める賢さも備わっている。ジルには共感しか浮かばない。
「いや、ただ君は、ヴィオのことが心配で、なにより大事なんだろう? それはよくわかった。俺にも一番大事だって思える人がいるから、頭がさ、その人のことでいっぱいになると冷静な判断下せなくなるだろ? そういうの、よくわかる。理屈じゃないからさ。そういうの。でも、ひとつわからないのは、今回の検査でヴィオがオメガだってわかったってことだよな? それなのに婚約者っていうのはちょっと無理があるじゃないか? 普通アルファがベータの男と婚約なんてしない」
ジルも先ほどの疑問を包み隠さず切り込んでいった。特に驚きもせず、カイも水を飲みほすと真面目な顔で説明をし始めた。
「里では一番年の近いアルファとベータを家長が娶せるのが伝統です。リアがオメガであったら、その場合は年齢的に当然リアと俺が番うことが正しいと、そう思って伯父に自分からそう申し込んでいました。もしもリアがベータで、ヴィオがオメガだったらヴィオと番うということです。中央の病院で検査を受けて、リアからオメガだったと診断書を見せられて、ヴィオはベータだったからと告げられました。まあ、それが……。嘘だったんですが」
カイは臨戦態勢のようだった力がやや抜けたようで、素直にそう白状した。そんな様子を見ると、逆に世話焼きなジルはちょっと手を貸したくやるような弱弱しくとさえ思える雰囲気だった。色男は弱っていても、中々そそるものがあるが。
(ヴィオは自分がオメガだと気が付いて、カイと番うことを拒んだのか、もしくは中央で学びたくて逃げ出したのか……。そのあたりはヴィオに聞いてみなければ分からないな)
それにしても、まさか一番大切な愛するものに嘘をつかれて逃げられたとしたら、その衝撃はいかほどだろうか。
(セラが実はオメガでずっとアルファだって言い張ってて俺が騙されてたら、流石にへこむだろうな。ま。そんなことあり得ないことだけど)
「それで、ヴィオの方がオメガだったってどうしてわかったんだ?」
「病院に会計の件で呼び出しをされて清算の時に気が付けたんです。だからやっぱり俺の直感は間違っていなかったと思った。ヴィオに去られて、ヴィオが心底好きだって、愚かな俺は、やっと自覚した。ちゃんとヴィオに言えばよかったんだ。俺はお前のことを愛しているって」
「直接言ってないのか? そりゃ駄目だろ」
苦々し気な顔をしてうつむくカイの姿に、ジルは自分の姿をまた重ねていた。
(なんてな、俺もずっとセラに気持ちをぶつけずに来た。俺にそんなこと言う資格はないんだがな)
苦笑しつつ、迷いが抜けて彼が育った深い森の奥のような綺麗な目をしてジルにまた頭を下げてきた。
「ヴィオと番になりたい。どうかお願いします。今ヴィオがどこにいるのか教えてください。俺は……。俺の今の気持ちをヴィオに伝えたいんです」
(今の自分の気持ちを、伝えたい、か)
素直にそう告げて頭を下げているところに、先ほどの給仕の女性が店の名物の牛肉の煮込みに温野菜、パンを沿えたものを持ってきてくれた。
「ヴィオは大丈夫だ。あの時の先生が預かっているよ。だから安心してくれ」
ブラウンソースが食欲をそそる、深い香りに昨晩から何も食べていなかったジルは腹が音を立ててなってしまい、カイも顔を上げて眉を下げてほっとしたのかようやく少し笑った。
取り合えず食事を先にいただくことになり、男二人は黙々と食べた。食べながらジルは軽くヴィオの居場所を教えてしまったが、これで良かったのだろうかと頭の中では色々と考えてしまい、せっかくの煮込みの上手さは半減したが、臓腑に暖かい食事が染み入ってきた。
昨日からばたばたしていて、完全にスタミナ不足になっていた。栄養がいきわたると少しだけ頭が冴えてくる。冴えてくると、この状況のどこに悪いところがある? と冷静に考えそう思わずにいられなくなる。
目の前で同じようなスピードで食事を平らげる男は、とてもいいやつそうにみえた。
(ヴィオはとにかく勉強がしたくて中央に来たのをいいことにカイと姉とは別行動をして、セラフィンを訪ねてきた。衝動的にやったことかどうかは分からないが、この分ではカイはヴィオの気持ちを知らなかったということだ。とりあえず婚約者のところにヴィオを返すのは当然のことだろう。そこからどうするのかは二人の問題で俺の出る幕じゃない)
しかし一方では別のことを思う。あれほどセラフィンに笑顔をもたらせてくれているヴィオが去ったら、セラフィンはまた孤独の淵に沈み、心を閉ざしてしまうのではないだろうか。いや、そうに違いない。
ベラのこともあり、ここ数か月塞ぎがちになっていたセラフィンを明るく照らしたのはヴィオの屈託のない態度と一途な愛情だ。わずか数日で、あっという間に枯れた彼の心の土壌に雨を降らせて、再び豊かなそれに変えた。
ドアから入ってきた客がひいっと声を上げながら踵を返すぐらいには二人分の濃厚なアルファの牽制フェロモンが垂れ流されているようだ。
店のいい営業妨害であるから、ジルはきっちりと自分の立場を相手に知らせて半開きだった窓の木枠を強く窓を開いた。
ジルとカイの間を隔てるように白いレースのカーテンが風に踊り、強く少し生暖かい風が吹き抜けていく。
風が収まるとともに店の中の空気感が一掃され、カイは自分の顔を片手で覆って大きく息をつくと、カーテンを手で押さえながらジルに一礼した。
「すみません。俺は今、ちょっと冷静でなくて。こんなみっともないところを見せて、申し訳ない」
どこから見ても男として完璧なように思えたカイだが、けしてそうではなかったようだ。愛情の持って行き場に迷い空回りし、振り回されているただの青年だった。その姿はみっともないというより、自分の愚かさを素直に認める賢さも備わっている。ジルには共感しか浮かばない。
「いや、ただ君は、ヴィオのことが心配で、なにより大事なんだろう? それはよくわかった。俺にも一番大事だって思える人がいるから、頭がさ、その人のことでいっぱいになると冷静な判断下せなくなるだろ? そういうの、よくわかる。理屈じゃないからさ。そういうの。でも、ひとつわからないのは、今回の検査でヴィオがオメガだってわかったってことだよな? それなのに婚約者っていうのはちょっと無理があるじゃないか? 普通アルファがベータの男と婚約なんてしない」
ジルも先ほどの疑問を包み隠さず切り込んでいった。特に驚きもせず、カイも水を飲みほすと真面目な顔で説明をし始めた。
「里では一番年の近いアルファとベータを家長が娶せるのが伝統です。リアがオメガであったら、その場合は年齢的に当然リアと俺が番うことが正しいと、そう思って伯父に自分からそう申し込んでいました。もしもリアがベータで、ヴィオがオメガだったらヴィオと番うということです。中央の病院で検査を受けて、リアからオメガだったと診断書を見せられて、ヴィオはベータだったからと告げられました。まあ、それが……。嘘だったんですが」
カイは臨戦態勢のようだった力がやや抜けたようで、素直にそう白状した。そんな様子を見ると、逆に世話焼きなジルはちょっと手を貸したくやるような弱弱しくとさえ思える雰囲気だった。色男は弱っていても、中々そそるものがあるが。
(ヴィオは自分がオメガだと気が付いて、カイと番うことを拒んだのか、もしくは中央で学びたくて逃げ出したのか……。そのあたりはヴィオに聞いてみなければ分からないな)
それにしても、まさか一番大切な愛するものに嘘をつかれて逃げられたとしたら、その衝撃はいかほどだろうか。
(セラが実はオメガでずっとアルファだって言い張ってて俺が騙されてたら、流石にへこむだろうな。ま。そんなことあり得ないことだけど)
「それで、ヴィオの方がオメガだったってどうしてわかったんだ?」
「病院に会計の件で呼び出しをされて清算の時に気が付けたんです。だからやっぱり俺の直感は間違っていなかったと思った。ヴィオに去られて、ヴィオが心底好きだって、愚かな俺は、やっと自覚した。ちゃんとヴィオに言えばよかったんだ。俺はお前のことを愛しているって」
「直接言ってないのか? そりゃ駄目だろ」
苦々し気な顔をしてうつむくカイの姿に、ジルは自分の姿をまた重ねていた。
(なんてな、俺もずっとセラに気持ちをぶつけずに来た。俺にそんなこと言う資格はないんだがな)
苦笑しつつ、迷いが抜けて彼が育った深い森の奥のような綺麗な目をしてジルにまた頭を下げてきた。
「ヴィオと番になりたい。どうかお願いします。今ヴィオがどこにいるのか教えてください。俺は……。俺の今の気持ちをヴィオに伝えたいんです」
(今の自分の気持ちを、伝えたい、か)
素直にそう告げて頭を下げているところに、先ほどの給仕の女性が店の名物の牛肉の煮込みに温野菜、パンを沿えたものを持ってきてくれた。
「ヴィオは大丈夫だ。あの時の先生が預かっているよ。だから安心してくれ」
ブラウンソースが食欲をそそる、深い香りに昨晩から何も食べていなかったジルは腹が音を立ててなってしまい、カイも顔を上げて眉を下げてほっとしたのかようやく少し笑った。
取り合えず食事を先にいただくことになり、男二人は黙々と食べた。食べながらジルは軽くヴィオの居場所を教えてしまったが、これで良かったのだろうかと頭の中では色々と考えてしまい、せっかくの煮込みの上手さは半減したが、臓腑に暖かい食事が染み入ってきた。
昨日からばたばたしていて、完全にスタミナ不足になっていた。栄養がいきわたると少しだけ頭が冴えてくる。冴えてくると、この状況のどこに悪いところがある? と冷静に考えそう思わずにいられなくなる。
目の前で同じようなスピードで食事を平らげる男は、とてもいいやつそうにみえた。
(ヴィオはとにかく勉強がしたくて中央に来たのをいいことにカイと姉とは別行動をして、セラフィンを訪ねてきた。衝動的にやったことかどうかは分からないが、この分ではカイはヴィオの気持ちを知らなかったということだ。とりあえず婚約者のところにヴィオを返すのは当然のことだろう。そこからどうするのかは二人の問題で俺の出る幕じゃない)
しかし一方では別のことを思う。あれほどセラフィンに笑顔をもたらせてくれているヴィオが去ったら、セラフィンはまた孤独の淵に沈み、心を閉ざしてしまうのではないだろうか。いや、そうに違いない。
ベラのこともあり、ここ数か月塞ぎがちになっていたセラフィンを明るく照らしたのはヴィオの屈託のない態度と一途な愛情だ。わずか数日で、あっという間に枯れた彼の心の土壌に雨を降らせて、再び豊かなそれに変えた。
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