香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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略奪編

婚約者2

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「なにかっていうと?」

 警官で男にしては優し気な表情をしてしらばっくれるジルに、カイは憂いのある表情を隠さずに早くもやや焦れた声を立てた。

「先日、ヴィオは姉のリアと俺と一緒に中央に出てきて、そのまま行方知れずになっているんです。中央にいるヴィオの知り合いは貴方とセラフィン先生だけですから、もしかしたらと何かご存じなのかと思ったのです」

 カイはどこまで知り得ているのだろう。ジルのもとに来たのは偶然なのかそれとも? 出方を伺うジルの気配を察してカイは話を続けた。

「恥ずかしいことですが、俺の知らない間に、ヴィオは中央での進学を希望していたようです。通っていた学校の先生方の所属する中央の協会本部に進学の打診に訪れたかと確認しに行ったのですが、そこには立ち寄っていませんでした。警察に家出人として届け出ようとしましたが成人した人間は探せないの一点張りで、だからヴィオはオメガで俺の婚約者なのでなにか事件に巻き込まれていたら心配だからお願いしますと、先程直談判していたところです」

 確かに成人した人間は本人の意思で姿を消した場合は警察は動かない。ただしそれがオメガであった場合、事件に巻き込まれた可能性も否定できないので扱いがまた別になるのだ。

「それは本当なのか? 警察を動かすための方便とかでなくて、ヴィオがその……」
「俺の婚約者でオメガかどうかということですか?」

 人の気持ちを見透かすような強い耀きのある瞳が眇められ、カイが中々口を割らないジルを責めるように凝視してきた。

(これではどちらが警官か分からないな)

「本当です。ヴィオはオメガで、俺の婚約者です。本当に行方をご存知ありませんか?」 

 (ヴィオお前、婚約者から逃げてきたっていうのか? 先生、どうするんだ? ヴィオの婚約者が探しに来たぞ)

 昨晩の二人の僅かの間に急激に縮まった距離感と仲睦まじい姿が浮かび、セラフィンの思いを知り得ているジルは内心焦った。

 しかし冷静に考えるとカイには妙なところがある。ヴィオは今回初めて検査をしてオメガだと判定されたと言っていた。それでは婚約者になったタイミングがよくわからない。

 (いくら親戚とはいえベータの男と婚約はしないよな? だとしたら、カイが勝手に婚約者を名乗っている可能性もあるのか?)

 不自然に黙っているのもおかしいと思い、ジルはコップに再び手を伸ばしたがそういえば既に中身は空だった。すぐに店の者が水のお代わりを注ぎに来てくれたが、一瞥もくれずに注がれた水をあおる。

 ジルはややこしいことになってきたと頭を押えつつ、一切誤魔化しの効かなそうな真剣そのものの表情のカイに素直に打ち明けた。

「ヴィオの居場所は知っている。ヴィオがオメガだということも」

 カイにとってそれは信じられないことだったようで端正な顔をやや歪め、苦々しげにうつむいた。

「ヴィオが……自分でそういったんですか?」
「こう見えても俺もアルファだから流石にわかるだろ? あの香り」

 ぎりぎりと音が聞こえそうなほどカイが悔しげな表情を見せて机の上に組んだ大きな両手をぎゅうとし、太い腕の力が込められた木のテーブルが小さな花を入れたグラスごとがたっと揺れる。

 冷静で挑発的とまで見えたカイの、愛するものが手の内からすり抜けていった焦りがジルにもよく伝わってきた。

 アルファである彼にとってヴィオは従兄弟であり、幼馴染でもある。ヴィオはどうだったのか分からないが、彼の様子からヴィオへの想いを寄せているのは明らかだった。
 ヴィオの周りを他のアルファがうろついたという事実すら、口には出さぬがこうして無意識にアルファのフェロモンを垂れ流してこちらをけん制してしまうほど、気に障ることなのだろう。これはもう、アルファのサガというほかない。
 周りのテーブルから客が引き始めたが、ジルは僅かな息苦しさを感じつつも自分も意識的に彼をけん制する側に回った。

 (俺にも良くわかる。俺も同じ気持ちだ。ずっと狙ってた獲物が横取りされる、飢えた獣の気分だ)

 それは昨晩のジル自身を投影している姿と言ってもおかしくはない。

 セラフィンはジルにとっては報われぬが甘美な想いを寄せる唯一の相手だった。初めはセラフィンの兄の肖像に恋をするという大分痛い片思いから始まったこの恋も、膠着したままもう6年も続いている。
 このところはもう、距離を詰めぬ代わりに誰にものにもならぬセラフィンをずっと支え続けていければ本望だと、そう思っていた。

(昨日の夜までは、な)
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