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略奪編
婚約者1
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その青年にジルは見覚えがあった。周りを圧倒するようなその存在感に思わず目を合わせてしまったのが運の尽き。薄墨色の軍服姿の美丈夫が向こうからつかつかとこちらに歩いてやってきた。やや乱れた黒い前髪の間からぎらつく緑色の瞳がジルを捉え、まっすぐに射抜いてくる。
「覚えていますか? ドリの里で一度お会いしたことがあります。カイ・ドリです」
握手を求められ、ジルに負けぬほど大きな厚い掌を握り返す。昨晩からここに泊まり彼の前に立ったジルはところどころ伸びた無精ひげ面のまま軽く会釈した。
相手を見上げる経験をほとんどしたことのないジルでも、僅かに見上げる背丈。カイは5年前に会った時よりずっと逞しく、筋肉質で厚みのある身体はあの頃より一回りは大きくなっていた。
しかし彼はこんな翳りのある表情をした青年だったであろうか。
一種独特のカリスマ性あふれる雰囲気はまさにアルファのそれだろうが、日中の警察署内で佇むにはまず剣呑すぎるオーラを発している。署内にいるものはみな怖いもの見たさの表情でこちらの様子をうかがってくる。
「覚えているよ。ヴィオの従兄だったよな? ジル・アドニアだ」
なんだか彼には色々と聞いてみたいことが山積みだったが、ジルは自分の姿かたちがあまりにぼさっとしていると気が付いて言い訳じみた言葉をはいた。
「ちょっと事情があって昨晩ここに泊まったんだが……。君これからすぐに職場に戻るのか?」
「いえ……。今日は午後からです」
「そうか。俺は今日は非番だからこれから遅い朝飯だ。君には昼かな? せっかくだし一緒に行かないか? もしなにか助けられることがあったら話を聞こう。支度してくるから少し待っていてくれないか?」
カイがここに来た事情をおおよそ知りえていながら、ジルは頷くカイに食えない笑顔を浮かべた。
署の近くの食事処は昼間から空いて夜には酒を提供する。じつはヴィオと出会った日セラフィンと彼を連れて行った店はそこからほんの目と鼻の先だから皮肉なものだ。
二人は大柄な身体を押し込めるようにして窓側の明るい席につくと、手早く同じ料理を注文する。ジルは乾きを覚えて水を飲みほすと改めて眼の前の青年をつぶさに観察した。
野性味が溢れる褐色よりの肌に黒檀のような艶のある黒髪。そして深い緑色の瞳と精悍でありつつ端正な顔立ち。恵まれた体格と先程の堂々たる立ち姿。これはどこにいっても女が放っては置かないだろう。
年の頃もセラフィンよりヴィオに近く、同じ里出身の従兄弟同士。しかもアルファ。冷静に考えたらこれほどヴィオに相応しい相手はいないはずだ。
(アガもお墨付きに間違いない。婚約者というのは本当だろうな。では問題はなぜヴィオは一緒に中央に来たはずの従兄を振り切って逃げたのかということか)
行きつけの店のため、顔見知りの若い女性の給仕さんからにこにこと手を振られ返しながらも、さてどう話を切り出そうかとジルは頭を巡らせていたが、男らしい眉をひそめたまま愛想笑いの一つも浮かべぬカイが先に口火を切った。
「アドニアさん。偶然お会いできてよかった。こちらに俺を誘ってくれたということは何かご存知なのではないですか? 」
いきなり核心に攻めてくるカイに、ジルは顔色一つ変えずに明りに透けて向日葵のように光る瞳を細めて頬杖をついた。
「覚えていますか? ドリの里で一度お会いしたことがあります。カイ・ドリです」
握手を求められ、ジルに負けぬほど大きな厚い掌を握り返す。昨晩からここに泊まり彼の前に立ったジルはところどころ伸びた無精ひげ面のまま軽く会釈した。
相手を見上げる経験をほとんどしたことのないジルでも、僅かに見上げる背丈。カイは5年前に会った時よりずっと逞しく、筋肉質で厚みのある身体はあの頃より一回りは大きくなっていた。
しかし彼はこんな翳りのある表情をした青年だったであろうか。
一種独特のカリスマ性あふれる雰囲気はまさにアルファのそれだろうが、日中の警察署内で佇むにはまず剣呑すぎるオーラを発している。署内にいるものはみな怖いもの見たさの表情でこちらの様子をうかがってくる。
「覚えているよ。ヴィオの従兄だったよな? ジル・アドニアだ」
なんだか彼には色々と聞いてみたいことが山積みだったが、ジルは自分の姿かたちがあまりにぼさっとしていると気が付いて言い訳じみた言葉をはいた。
「ちょっと事情があって昨晩ここに泊まったんだが……。君これからすぐに職場に戻るのか?」
「いえ……。今日は午後からです」
「そうか。俺は今日は非番だからこれから遅い朝飯だ。君には昼かな? せっかくだし一緒に行かないか? もしなにか助けられることがあったら話を聞こう。支度してくるから少し待っていてくれないか?」
カイがここに来た事情をおおよそ知りえていながら、ジルは頷くカイに食えない笑顔を浮かべた。
署の近くの食事処は昼間から空いて夜には酒を提供する。じつはヴィオと出会った日セラフィンと彼を連れて行った店はそこからほんの目と鼻の先だから皮肉なものだ。
二人は大柄な身体を押し込めるようにして窓側の明るい席につくと、手早く同じ料理を注文する。ジルは乾きを覚えて水を飲みほすと改めて眼の前の青年をつぶさに観察した。
野性味が溢れる褐色よりの肌に黒檀のような艶のある黒髪。そして深い緑色の瞳と精悍でありつつ端正な顔立ち。恵まれた体格と先程の堂々たる立ち姿。これはどこにいっても女が放っては置かないだろう。
年の頃もセラフィンよりヴィオに近く、同じ里出身の従兄弟同士。しかもアルファ。冷静に考えたらこれほどヴィオに相応しい相手はいないはずだ。
(アガもお墨付きに間違いない。婚約者というのは本当だろうな。では問題はなぜヴィオは一緒に中央に来たはずの従兄を振り切って逃げたのかということか)
行きつけの店のため、顔見知りの若い女性の給仕さんからにこにこと手を振られ返しながらも、さてどう話を切り出そうかとジルは頭を巡らせていたが、男らしい眉をひそめたまま愛想笑いの一つも浮かべぬカイが先に口火を切った。
「アドニアさん。偶然お会いできてよかった。こちらに俺を誘ってくれたということは何かご存知なのではないですか? 」
いきなり核心に攻めてくるカイに、ジルは顔色一つ変えずに明りに透けて向日葵のように光る瞳を細めて頬杖をついた。
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