香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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略奪編

カイ4

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 殆どとっぷり日が暮れてから里に帰るとすぐ、リアがオメガであったとのアガに報告をし、では二人が婚約をしなければねと母たちも大喜び、ヴィオはベータで男の子だったのだし心配はいらないわね? と里が久々の祝い事に色めき立った。しかし沸き立つ皆とは裏腹に里に帰っていなかったヴィオのことが心配になり、申し訳ないがカイにはそれどころではなくなっていたのだ。

 リアが非常に不満げな顔をしてカイを見てきたことも申し訳なく思ったが、どうしてもだめだった。伝統の家で親族一同集まってこれからうたげという時に、アガの前でリアに土下座をすると必死に二人に謝ったのだ。

「少し、この結婚を考えさせてください」と。

 リアは呆れたような顔をした後、すくっと立ちあがるとカイの頬を大きな音がなるほど張り付けてきたので、伝統の家の中酒を組み回していた上座のアガも流石に驚いて膝を崩して立ちあがり、そして興奮する娘を止めに来た。

「ヴィオが好きなら、なんでちゃんと本人にいってやらないのよ! 私のことも本当に馬鹿にしてるわ! すぐに中央に戻ってヴィオを連れ戻してくればいいでしょ?!」

 リアはカイとよく似た深緑の瞳から大粒の涙をぼろぼろと零すとすぐさま伝統の家を飛び出してカイの母や姉などカイを詰りながらリアを追いかけた。リアは自宅に戻り、その後完全に部屋に引きこもって出てこなくなってしまった。

 カイは考えた。それはもう人生でこんなに悩んだことはないほどに考えた。

 アルファである自分がオメガであり女性でもあり、若く美しく気心もしれていて、年の頃もちょうど釣り合いの取れるリアと番うのが当然の流れであるのに。
 弟も同然の、まだ成人したてのベータの少年が気になって仕方がないのは自分はどこかおかしいのだろうか。
 中央の軍でもカイはそれなりにモテて、男性から何度も秋波も送られてきたが、だからといってその中の誰かを好きになることはなかった。なので自分の性的な志向は多分女性であっていて、ヴィオを好きなのはなにか本能が指し示しているからなのだろうと思っていた。幼いころから共にいて人一番思い入れが深い相手だというのもあるだろうが。

 しかし同じく幼馴染のリアからは中央で大量に買い込んできた化粧品の綺麗な香りはするが、ヴィオのようにあの心惹かれて離さないような香りはしてこないのだ。この3日共にいてそれは確かだった。

 場はすっかり白けてしまい、みなそれぞれの家に戻っていった。アガとカイの二人だけが残ると、アガは大きな身体を丸めて項垂れた甥に向かい語り掛けた。

「カイ、お前は、お前の好きなように生きなさい。もうこの里を再興しようとかそんなことは考えなくていい」

 アガにそう言われたとき、カイは思った以上に狼狽えた。それは妻を失ってからずっと笑顔をなくしていたアガを喜ばせたくて度々カイがしていた発言だった。家族を作り外に出てしまった若い者たちもいつかは呼び戻してこの里を昔のように明るく皆が戻ってきてくれるような住みよい場所にしたいと考えていたからだ。

「でも、アガ伯父さん。俺はこの里を、少しずつ昔みたいな活気のある場所にしていきたいってそう考えて……」

「そもそも里というのは人が集まって自然にできていった場所なのだろう。皆がそれぞれ他に生きていく場所を見つけたならば、そこが自然になくなっていくのは仕方がないことだ。お前たちは新しい世代のドリの者。広い世界に飛び出していっても、誇り高いドリの男であるということだけは忘れないで逞しく他所の土地でも根付いてくれるならばそれでいい」

 その声は少しの強がりが混じっているのではとカイは思った。穏やかな深い皺を刻んだ眼差しの金の輪は少しあせたがヴィオと同じ色。ヴィオの兄たちはとっくにこの里を見限って出て行っている。アガにとって最後に残ったものはリアとヴィオの二人。その二人すら手放してもよいと考えているのだろうか。達観した風なその姿は孤独で寂しげにも見えた。
 カイ自身故郷は遠くにいたとしても無くならず変わらずにそこにあると思えるから頑張ってこられたのだ。ここはいわばカイの心の基地だった。その概念すら薄らぎ、足元が崩れるような存在の揺らぎにカイは慄いた。

「カイ、恐れることなど何もない。ドリ派はこうして里を守り続けてきたが、ヴィオの母親のソート派はとっくに里というものを捨て去って、市井に根付いてきた。あれにはその血が混じっている。ここに留まり置けると考えたことがそもそも間違いだったのかもしれない」

 
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