98 / 222
略奪編
カイ4
しおりを挟む
殆どとっぷり日が暮れてから里に帰るとすぐ、リアがオメガであったとのアガに報告をし、では二人が婚約をしなければねと母たちも大喜び、ヴィオはベータで男の子だったのだし心配はいらないわね? と里が久々の祝い事に色めき立った。しかし沸き立つ皆とは裏腹に里に帰っていなかったヴィオのことが心配になり、申し訳ないがカイにはそれどころではなくなっていたのだ。
リアが非常に不満げな顔をしてカイを見てきたことも申し訳なく思ったが、どうしてもだめだった。伝統の家で親族一同集まってこれからうたげという時に、アガの前でリアに土下座をすると必死に二人に謝ったのだ。
「少し、この結婚を考えさせてください」と。
リアは呆れたような顔をした後、すくっと立ちあがるとカイの頬を大きな音がなるほど張り付けてきたので、伝統の家の中酒を組み回していた上座のアガも流石に驚いて膝を崩して立ちあがり、そして興奮する娘を止めに来た。
「ヴィオが好きなら、なんでちゃんと本人にいってやらないのよ! 私のことも本当に馬鹿にしてるわ! すぐに中央に戻ってヴィオを連れ戻してくればいいでしょ?!」
リアはカイとよく似た深緑の瞳から大粒の涙をぼろぼろと零すとすぐさま伝統の家を飛び出してカイの母や姉などカイを詰りながらリアを追いかけた。リアは自宅に戻り、その後完全に部屋に引きこもって出てこなくなってしまった。
カイは考えた。それはもう人生でこんなに悩んだことはないほどに考えた。
アルファである自分がオメガであり女性でもあり、若く美しく気心もしれていて、年の頃もちょうど釣り合いの取れるリアと番うのが当然の流れであるのに。
弟も同然の、まだ成人したてのベータの少年が気になって仕方がないのは自分はどこかおかしいのだろうか。
中央の軍でもカイはそれなりにモテて、男性から何度も秋波も送られてきたが、だからといってその中の誰かを好きになることはなかった。なので自分の性的な志向は多分女性であっていて、ヴィオを好きなのはなにか本能が指し示しているからなのだろうと思っていた。幼いころから共にいて人一番思い入れが深い相手だというのもあるだろうが。
しかし同じく幼馴染のリアからは中央で大量に買い込んできた化粧品の綺麗な香りはするが、ヴィオのようにあの心惹かれて離さないような香りはしてこないのだ。この3日共にいてそれは確かだった。
場はすっかり白けてしまい、みなそれぞれの家に戻っていった。アガとカイの二人だけが残ると、アガは大きな身体を丸めて項垂れた甥に向かい語り掛けた。
「カイ、お前は、お前の好きなように生きなさい。もうこの里を再興しようとかそんなことは考えなくていい」
アガにそう言われたとき、カイは思った以上に狼狽えた。それは妻を失ってからずっと笑顔をなくしていたアガを喜ばせたくて度々カイがしていた発言だった。家族を作り外に出てしまった若い者たちもいつかは呼び戻してこの里を昔のように明るく皆が戻ってきてくれるような住みよい場所にしたいと考えていたからだ。
「でも、アガ伯父さん。俺はこの里を、少しずつ昔みたいな活気のある場所にしていきたいってそう考えて……」
「そもそも里というのは人が集まって自然にできていった場所なのだろう。皆がそれぞれ他に生きていく場所を見つけたならば、そこが自然になくなっていくのは仕方がないことだ。お前たちは新しい世代のドリの者。広い世界に飛び出していっても、誇り高いドリの男であるということだけは忘れないで逞しく他所の土地でも根付いてくれるならばそれでいい」
その声は少しの強がりが混じっているのではとカイは思った。穏やかな深い皺を刻んだ眼差しの金の輪は少しあせたがヴィオと同じ色。ヴィオの兄たちはとっくにこの里を見限って出て行っている。アガにとって最後に残ったものはリアとヴィオの二人。その二人すら手放してもよいと考えているのだろうか。達観した風なその姿は孤独で寂しげにも見えた。
カイ自身故郷は遠くにいたとしても無くならず変わらずにそこにあると思えるから頑張ってこられたのだ。ここはいわばカイの心の基地だった。その概念すら薄らぎ、足元が崩れるような存在の揺らぎにカイは慄いた。
「カイ、恐れることなど何もない。ドリ派はこうして里を守り続けてきたが、ヴィオの母親のソート派はとっくに里というものを捨て去って、市井に根付いてきた。あれにはその血が混じっている。ここに留まり置けると考えたことがそもそも間違いだったのかもしれない」
リアが非常に不満げな顔をしてカイを見てきたことも申し訳なく思ったが、どうしてもだめだった。伝統の家で親族一同集まってこれからうたげという時に、アガの前でリアに土下座をすると必死に二人に謝ったのだ。
「少し、この結婚を考えさせてください」と。
リアは呆れたような顔をした後、すくっと立ちあがるとカイの頬を大きな音がなるほど張り付けてきたので、伝統の家の中酒を組み回していた上座のアガも流石に驚いて膝を崩して立ちあがり、そして興奮する娘を止めに来た。
「ヴィオが好きなら、なんでちゃんと本人にいってやらないのよ! 私のことも本当に馬鹿にしてるわ! すぐに中央に戻ってヴィオを連れ戻してくればいいでしょ?!」
リアはカイとよく似た深緑の瞳から大粒の涙をぼろぼろと零すとすぐさま伝統の家を飛び出してカイの母や姉などカイを詰りながらリアを追いかけた。リアは自宅に戻り、その後完全に部屋に引きこもって出てこなくなってしまった。
カイは考えた。それはもう人生でこんなに悩んだことはないほどに考えた。
アルファである自分がオメガであり女性でもあり、若く美しく気心もしれていて、年の頃もちょうど釣り合いの取れるリアと番うのが当然の流れであるのに。
弟も同然の、まだ成人したてのベータの少年が気になって仕方がないのは自分はどこかおかしいのだろうか。
中央の軍でもカイはそれなりにモテて、男性から何度も秋波も送られてきたが、だからといってその中の誰かを好きになることはなかった。なので自分の性的な志向は多分女性であっていて、ヴィオを好きなのはなにか本能が指し示しているからなのだろうと思っていた。幼いころから共にいて人一番思い入れが深い相手だというのもあるだろうが。
しかし同じく幼馴染のリアからは中央で大量に買い込んできた化粧品の綺麗な香りはするが、ヴィオのようにあの心惹かれて離さないような香りはしてこないのだ。この3日共にいてそれは確かだった。
場はすっかり白けてしまい、みなそれぞれの家に戻っていった。アガとカイの二人だけが残ると、アガは大きな身体を丸めて項垂れた甥に向かい語り掛けた。
「カイ、お前は、お前の好きなように生きなさい。もうこの里を再興しようとかそんなことは考えなくていい」
アガにそう言われたとき、カイは思った以上に狼狽えた。それは妻を失ってからずっと笑顔をなくしていたアガを喜ばせたくて度々カイがしていた発言だった。家族を作り外に出てしまった若い者たちもいつかは呼び戻してこの里を昔のように明るく皆が戻ってきてくれるような住みよい場所にしたいと考えていたからだ。
「でも、アガ伯父さん。俺はこの里を、少しずつ昔みたいな活気のある場所にしていきたいってそう考えて……」
「そもそも里というのは人が集まって自然にできていった場所なのだろう。皆がそれぞれ他に生きていく場所を見つけたならば、そこが自然になくなっていくのは仕方がないことだ。お前たちは新しい世代のドリの者。広い世界に飛び出していっても、誇り高いドリの男であるということだけは忘れないで逞しく他所の土地でも根付いてくれるならばそれでいい」
その声は少しの強がりが混じっているのではとカイは思った。穏やかな深い皺を刻んだ眼差しの金の輪は少しあせたがヴィオと同じ色。ヴィオの兄たちはとっくにこの里を見限って出て行っている。アガにとって最後に残ったものはリアとヴィオの二人。その二人すら手放してもよいと考えているのだろうか。達観した風なその姿は孤独で寂しげにも見えた。
カイ自身故郷は遠くにいたとしても無くならず変わらずにそこにあると思えるから頑張ってこられたのだ。ここはいわばカイの心の基地だった。その概念すら薄らぎ、足元が崩れるような存在の揺らぎにカイは慄いた。
「カイ、恐れることなど何もない。ドリ派はこうして里を守り続けてきたが、ヴィオの母親のソート派はとっくに里というものを捨て去って、市井に根付いてきた。あれにはその血が混じっている。ここに留まり置けると考えたことがそもそも間違いだったのかもしれない」
0
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭

白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

Endless Summer Night ~終わらない夏~
樹木緑
BL
ボーイズラブ・オメガバース "愛し合ったあの日々は、終わりのない夏の夜の様だった”
長谷川陽向は “お見合い大学” と呼ばれる大学費用を稼ぐために、
ひと夏の契約でリゾートにやってきた。
最初は反りが合わず、すれ違いが多かったはずなのに、
気が付けば同じように東京から来ていた同じ年の矢野光に恋をしていた。
そして彼は自分の事を “ポンコツのα” と呼んだ。
***前作品とは完全に切り離したお話ですが、
世界が被っていますので、所々に前作品の登場人物の名前が出てきます。***
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる