香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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略奪編

カイ3

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 カイには故郷に想う子がいるというのが軍の若者が暮らす寮で知れ渡っていったのは、彼が部屋の枕元に大事に飾っていた美しい姉弟の二人が映る写真を同室のものに見つけられたからだ。

 素人の撮った下手くそな写真だったが、フェル族特有の肉感的な色気に溢れた気の強そうな美女と、少し幼げな顔をしたしかし同じ男とは思えぬほど麗しい少年の写真は評判となり、その辺の映画女優よりも美しいじゃないかと、どうしても焼き増しして譲って欲しいという声が後を絶たなかった。同室の青年はこれで一儲けできるとほくそえんでいたが、従姉弟を見せものにするなとカイはひどく怒って彼をこっぴどく叱った。

 そのカイがやっととれたまとまった休暇の間、所用のためその子たちを連れて一度こちらに戻ってくるというので、是非寮に一度連れてきて欲しいと軍の若者たちは皆大騒ぎになっていた。カイは照れくさそうな顔をして、帰る前には寮に少しだけよると言い置いて戻っていった。しかし寮に立ち寄るはずの日にカイは訪れず、みな気落ちしていたところ、二日と立たずに帰省先でのカイが憔悴しきった顔をして休暇を切り上げて戻ってきたのだ。


 従妹を送ったのち里から戻ってきたカイは、残りの休暇を使い、いなくなってしまったヴィオを必死に探していた。出勤しなければならなくなった日は晩に警察署に出向いてどうにか探してもらえないかと熱心に要請した。

 あの日。待ち合わせの場所にヴィオは現れず、待ち構えていたリアからオメガであったという診断書を見せられた。同時にヴィオはベータであったと告げられて、想定外の出来事に流石のカイも頭が真っ白になった。

「今日カイ兄さんなにか話があるのでしょう?」

 そんなふうにカイの気持ちを試すような口調で微笑み、リアはとても嬉しそうだった。
 その手前ショックを受けていることを悟られるわけにいかず、脳裏には当然アガとの約束『リアがオメガであったならば、リアと番に』という言葉が焼き付いて責め立ててくる。

(そんなはずない……。ヴィオがオメガだろうと俺の本能があれだけ訴えてきたのに、リアの方がオメガだったのか?)

 リアのことは勿論好きだ。可愛い妹分であるし、気は強いが面倒見が良くてカイの母親や姉ともとても仲良しである。リアがオメガであったら何の問題もなく自分たちは番になるだろう。なのに何か釈然としないもやもやが腹の中に渦巻いて消えないのだ。

 待ち合わせ場所にいたリアは誰もが振り返るほどの美人で光り輝いていたし、連れて歩くと男たちの羨望の眼差しが突き刺さるほどだった。
 なのになぜ気持ちが晴れないのか。男らしい眉目を陰らせ内心の憂いを必死に隠したカイに、リアは濃いまつげで彩られた大きな瞳を炯々とさせ、ヴィオは自分たちに気を利かせてくれて別行動をしてくれたのだから楽しみましょうと微笑み声をかけてきた。

 ヴィオは冒険したい年頃の17歳。田舎育ちな上、成人したてで危なっかしいが、ベータでもあったことだし、今では里の男の中でもかなり腕も経つ方だとあのアガが酒に酔って自慢してきたほどだ。一見まったく問題はないように見えた。リアと食事をしているときも結局番になる件は言い出せず、ヴィオが帰ってくるかもしれぬと早々にリアを宿に送り届けた。流石に未婚の若い女性であるリアとずっと二人きりになるわけにはいかず、自分は宿舎に戻っていった。

 翌朝早く。ヴィオがまだ姉との宿泊先に戻っていないことを知り、探しに行こうかと思ったのだが、再びリアから今度は『ヴィオは多分先に里に帰ったのだと思う』と告げられた。

 ヴィオを追うように里に戻りたかったが、せっかく中央来ているのだからとリアに引っ張り回され汽車の時間ぎりぎりまで買い物をして回っていても、頭の隅ではヴィオのことが離れない。ヴィオの口からベータであったと聞かなければ、傍に行って自分で確かめなければ、とても納得できなかった。

 それにヴィオはだた自分たちに気兼ねして別行動をしたのか?
 その疑問もいまだ離れずにいたので、しつこくリアに尋ねると、『ヴィオは中央で勉強をしたいと常々いっていたから、その下調べをしてたんじゃない?』とこともなげに言われて、自分がヴィオの何も知らないでいたことにさらに気落ちしてしまった。

 伝統的にフェル族ドリ派は農地の少ない山里で暮らしていたため、税金の代わりに恵まれた体格を生かして兵役で肩代わりしてもらって国のために闘ってきた歴史がある。平和な時代は公共事業の工事になど駆り出されていた時代もあったらしい。

 だからどうしても里に妻子を残していわゆる出稼ぎに出るスタイルが伝統的だったし、戦時中戦後すぐはもちろんその様式に則っているものが多かった。

 カイはアガの薫陶を受けて育ったので古風なところがある男だ。リアや他の女性たちのように里で子育てをしながら帰りを待つのを相手が望んだならばそれでもいいし、でもできれば中央で共に暮らせたらなおいいとも考えていた。

 リアならば里と中央に離れて暮らすことを選ぶだろうが、若く里の中では革新的だというヴィオならば中央に共にきてくれるのではと勝手に考えていたのだ。

 いつでも里にいて自分の帰りを待っていてくれる、美しい従姉弟たち。
 里の中で他の者たちに触れられぬよう大切に育てられたリア、そしてヴィオ。
 まさかその一人がカイになど見向きもせずに中央に飛び出していくとは考えてもみなかったのだ。

 
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