香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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略奪編

告白2

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「でもヴィオ、いいお話もありますよ。先生たちは貴方が賢くて面倒見がよく優しい子だから、是非中央で沢山のことを学んでほしいと。そのあとは自分たちと共に学校を助けてくれるもう一人の先生になって欲しいと願っていたようですよ。貴方はみなからとても愛されているわね。そういわれたことは?」

 セラフィンが厳しい表情を見せていたが、ジブリールは涼しい顔だ。

 それには心当たりがあった。こうして中央に急遽出てきてしまったが、来年の春から中央に行くのであれば、将来就くべき職業についてはもう少しゆっくり考えてもよいのではと言われていた。
『森の学校』の手伝いをして後輩たちの面倒を見るのは楽しかったし、ヴィオは教え方も上手だと皆が褒めそやしてくれていた。

「貴方にはその仕事が向いているんじゃないかと手紙にあったのです。それならば里からも通えて、貴方を常に心配しておられるお父様の傍にもご納得いただけるのではないかしら? どうかしら?」

 父も含め先生たちがそんな話していたなんて知らなかった。確かにあの一つの家族みたいに皆が助け合い、励ましあい仲良く過ごしている森の学校はヴィオにとって安らげる居場所だった。

「学校の仕事は楽しかったです……でも」

 里にはセラフィンはいないのだ。それが今のヴィオにとってのすべてだった。

(先生の傍にやっとこられたのに。僕が先生と一緒にいるためにはどんな資格が必要なの? 誰が教えて)

 年も身分も生まれた場所も育った環境もまるで違うセラフィンとどうしたら一緒にいられるのか。

『項噛んでもらいなさい』

 数日前に姉に𠮟咤激励されたその言葉が強く頭をよぎるが、そんなことヴィオの口からとても言えるわけがない。だからこそセラフィンを手伝うことができる仕事をもち、傍にいようと思ったのだから。

(でも勇気を出したい。先生の傍にいたいんだって、言いたい)

「ま、待ってください! 僕は……」

 何とか気持ちを伝えようと口を開いた途端、ヴィオは急にまた体温が急に上がり、かあっと熱くなった。しかし顔からは血の気が引いてくらくら眩暈がする。そんな自分の変化に驚いて、吸い込んだ息で喉の奥がひゅうっと鳴った。ヴィオが座っていながらも僅かに身体をかしがせたので慌ててセラフィンは腕を伸ばして抱き留めた。

「貧血かしら? あまり興奮させては駄目よ。未成熟なオメガは気持ちの揺れが体調に現れるんだから。なにか身体に障るようなことはしてないわよね?」

「興奮させたのは母さんも同じでしょう?」

 再び氷のような目をかっと見開いた母に、昨晩まさしくその心当たりのあるセラフィンはそのまま押し黙ると、ヴィオを壊れ物でも扱うようにそっと大事に抱え上げた。

 マリアが高齢とは思えぬ俊敏な動きで周りで見守っていた侍女たちに指示を出して柔らかなショールを持ってこさせる。それを手渡されたセラフィンはヴィオの身体を覆ってやった。

 抱き上げた身体は昨夜の残り火が燃えているように熱く、潤んだ瞳が縋るようにセラフィンを仰ぎ見る。僅かだが彼の甘く清潔感のある香りが漂ってきてセラフィンの鼻孔を擽っていった。

(やはり俺のものも含めてアルファのフェロモンを大量に浴びたからか、抑制剤が効きにくくなっている。このまま徐々に初めての発情期に入るかもしれないな。落ち着くまでヴィオはここで暮らした方がいい)

 セラフィンとジブリールの話し声がいやに遠く朧気にぼんやりとしたヴィオの頭には聞こえてくる。

「セラ、もしかしたら……。こういう発熱を繰り返すようならば発情期が近づいているのかもしれないわよ」
「……俺の周りで少し問題が起きていて、ヴィオによくない影響を与えているのだと思う。抑制剤の容量も少し調整しようと思うが、問題が落ち着くまで安全なここにヴィオを置いてやって欲しい」
「いくらでもお預かりするわよ」

(いやだ、先生、置いていかないで)

 そう言いたいのに、頭にもやがかかったように思考がまとまらない。
 しかし幼いあの日車で走り去るセラフィンを見送った光景が急に脳裏に蘇ってヴィオは涙をぽろぽろとこぼしてセラフィンの袖をぎゅっとつかんだ。

「ヴィオ、具合が悪くなったの? 無理しては駄目よ」

 自分がいない間、ベラがまたやってきてセラフィンに何かするのはとても耐えられないし、今度こそヴィオは先生を守り抜きたいそう決心していた。それが果たせず共にいられないならば中央にいる意味などない。

(目の前がぐるぐる回る、頭の中がまとまらない、言いたい言葉がぜんぜんいえない)

 今まで風邪一つひいたことのない丈夫な身体をしていたヴィオにとって初めて感じる、自分の身体がまるで自分の思うとおりにならない恐怖に打ちひしがれる。セラフィンの腕の中で背を丸め、小さく荒い呼吸を繰り返しながら意識は徐々に混濁し、夢と現実の境をさまよう。

 置いて行かれるぐらいなら、セラフィンの重荷になるぐらいならば……。いっそ迷惑ならば……。

「……ドリの、家に帰る……」

 涙声の小さな小さな無意識の呟きはセラフィンの耳に届き、彼は愛おしいヴィオの告白を真に受けて大きく頷いた。

「わかった。体調が落ち着いたら、里に帰るといい」

(ヴィオ、オメガとして急激に身体が変化してきて、やはり心細くなっているのだな。里が恋しいのか)

 新しい環境に必死で慣れようとして頑張ってきたヴィオも、オメガとしての急激な身体の変化がもたらす大きな波にのまれて溺れかけている。彼を勇気づけたくて、セラフィンは必死で手を握ってやった。

「慣れた場所に戻れば、体調も落ち着くかもしれない」

 もちろんセラフィンの中では自分が帰省に同行するのが大前提だ。ヴィオの為ならばなんとか仕事に都合をつけ長期でドリの里に滞在しようとも思う。そこでアガともちろんヴィオも共に交えてこれから彼がこれからどうしていったら一番幸福に暮らせるのかを心ゆくまでじっくり話し合いたいと思った。

(その時こそ、伝統に則りフェル族の長であるアガに、愛息子であるヴィオとのことをどうにか許してもらおう)

 多くのフェル族と対話してきた中で、彼らの伝統を重んじる生き方に敬意を表することが大切だと感じていた。ヴィオには親や親族に祝福された人生を送って欲しい。一度家族との縁が切れかけたセラフィンだからこそ切にそう思うのだ。

(ヴィオはドリの里の中ではだれにも代えがたい、皆の宝。それでも……。
 俺はどうしても、この子と共にいたい。皆にとって大切な子であろうとも、俺にとってもヴィオはもう他の誰にも代えがたいんだ)

 セラフィンの瞳に強い決意が宿っていたが、けだるさと暑さでぼんやりとしたヴィオの頭には『さとに。かえると、いい……』セラフィンのその言葉だけが反響していた。





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