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略奪編
告白1
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「まあ、ヴィオ。お父様には黙ってこちらに留まったのね? セラフィン、何故ヴィオの事情をすぐに確認しなかったのですか?」
ジブリールは息子よりはずっと薄い空色の瞳をすうっと細めてセラフィンに一瞥した。なぜちゃんとこの子の事情を聞いてやっていないのかと暗に年長である息子を責めたのだ。
「ヴィオ、どうしてお父様とお話をしてこなかったの?」
「母さん、いいでしょう? ヴィオにはヴィオの事情が……」
「セラ、黙って。これは大切なことよ。ヴィオを大事に思うならば、こういうことはきちんと確認しておかないといけないわ」
セラフィンはヴィオをすぐにアガの元に返してやらなかった。それは自己中心的な欲求からきていると承知の上で、それでも離しがたく彼をここに留めていたのだ。あえて押し黙る息子にジブリールはやや呆れながらも、彼のその狡さを鋭く見抜いた。日頃明晰な頭脳を誇るはずの息子は、ヴィオへの恋心に目が眩んでいたことを。それは反面とても幸せそうで、だからこそ憂いは取り除かなければならない。
セラフィンは幼いころから母の叱り声よりも、ガラス玉のように色の薄い瞳に自分の醜い嘘や欺瞞がまるごと見透かされることがなにより恐ろしかった。
ジブリールはいくつになっても少女のように屈託なく朗らかなだけではない。名門一家にオメガとして生を受けたのちも、自らの境遇にあらがい、積極的に表にでては同じ境遇や社会的に弱い立場の人間に手を差し伸べ続けたある種逞しい女性だ。
「それは……」
その彼女の無言の圧に、今朝は綻んだ甘い唇をきゅっと引き結び、ヴィオは周囲の花に劣らぬほど鮮やかな色の瞳を哀し気に伏せた。
(父さんに、カイ兄さんと婚約させられそうなのが嫌でこっちに逃げたなんて言ったら……。どう思われるんだろう。早く家族が待っている里に帰れって言われるかな。それともここにいてもいいよって言われるのかな)
相手の出方次第ではすぐにでも里に帰らなければならなくなるだろう。縋るようにセラフィンを見つめたヴィオが震える膝に乗せた手に、セラフィンが自分のそれを重ねて力強く握ってきた。
ヴィオはそれ以上言葉を紡げず。ジブリールはやれやれといった感じで苦笑した。
大きな雲が風に流され日が翳り、風が東屋の中を強く吹きぬけていった。もしかしたら雨が降る予兆かもしれない。急に薄暗くなった空に、ヴィオは途方に暮れ、儚げに見える程頼りなげな表情でぼんやりと庭の向こうを見つめている。
「風が強くなってきたからそろそろ部屋に帰りましょう。でもその前に私のお話を聞いて頂戴ね? ヴィオ。校長先生からは貴方に関して何度かお手紙をもらっていますよ。中央で通じるほどの学力は身に着けたようですね。でも貴方が学びたいこと、つきたい仕事というのは本当に貴方がやりたいことなのかしら? 校長先生には貴方がどうにか里を飛び出して中央に来ることを目的にしているのではと心配しているようです」
「それは……」
まさかここにきて図星を刺されるとは。ジブリールと校長先生が親しい間柄だとは聞いていたが、思ったよりもいろいろなことを知られているのかもしれない。
(その通りだ。僕は先生の傍に行きたいってそれだけで中央行きも将来の仕事も決めた。不純すぎる動機だから、いつも一緒にいた先生たちや校長先生には当然ばれていたんだ)
ヴィオは項垂れ下を向くと、白く長い指を絡めるようにして握られた自分の手元を目に写した。
小さなころは本当に無邪気に『セラフィン先生に会いたいから中央に行きたい』とことあるごとに繰り返していたし、わりと最近までそのようなことを学校で口にしていた自覚がある。当のセラフィンを前にして流石にそれを話すことは憚られたし、穴があったら入りたいぐらい恥ずかしい。
そもそも会うことだけが目的ならばもうすでに果たされている。こうしてヴィオは近くにいられるだけで幸せだけれど、これから共にいられるかはセラフィンの胸先三寸であり、ヴィオにその決定権はないのだ。
ジブリールは息子よりはずっと薄い空色の瞳をすうっと細めてセラフィンに一瞥した。なぜちゃんとこの子の事情を聞いてやっていないのかと暗に年長である息子を責めたのだ。
「ヴィオ、どうしてお父様とお話をしてこなかったの?」
「母さん、いいでしょう? ヴィオにはヴィオの事情が……」
「セラ、黙って。これは大切なことよ。ヴィオを大事に思うならば、こういうことはきちんと確認しておかないといけないわ」
セラフィンはヴィオをすぐにアガの元に返してやらなかった。それは自己中心的な欲求からきていると承知の上で、それでも離しがたく彼をここに留めていたのだ。あえて押し黙る息子にジブリールはやや呆れながらも、彼のその狡さを鋭く見抜いた。日頃明晰な頭脳を誇るはずの息子は、ヴィオへの恋心に目が眩んでいたことを。それは反面とても幸せそうで、だからこそ憂いは取り除かなければならない。
セラフィンは幼いころから母の叱り声よりも、ガラス玉のように色の薄い瞳に自分の醜い嘘や欺瞞がまるごと見透かされることがなにより恐ろしかった。
ジブリールはいくつになっても少女のように屈託なく朗らかなだけではない。名門一家にオメガとして生を受けたのちも、自らの境遇にあらがい、積極的に表にでては同じ境遇や社会的に弱い立場の人間に手を差し伸べ続けたある種逞しい女性だ。
「それは……」
その彼女の無言の圧に、今朝は綻んだ甘い唇をきゅっと引き結び、ヴィオは周囲の花に劣らぬほど鮮やかな色の瞳を哀し気に伏せた。
(父さんに、カイ兄さんと婚約させられそうなのが嫌でこっちに逃げたなんて言ったら……。どう思われるんだろう。早く家族が待っている里に帰れって言われるかな。それともここにいてもいいよって言われるのかな)
相手の出方次第ではすぐにでも里に帰らなければならなくなるだろう。縋るようにセラフィンを見つめたヴィオが震える膝に乗せた手に、セラフィンが自分のそれを重ねて力強く握ってきた。
ヴィオはそれ以上言葉を紡げず。ジブリールはやれやれといった感じで苦笑した。
大きな雲が風に流され日が翳り、風が東屋の中を強く吹きぬけていった。もしかしたら雨が降る予兆かもしれない。急に薄暗くなった空に、ヴィオは途方に暮れ、儚げに見える程頼りなげな表情でぼんやりと庭の向こうを見つめている。
「風が強くなってきたからそろそろ部屋に帰りましょう。でもその前に私のお話を聞いて頂戴ね? ヴィオ。校長先生からは貴方に関して何度かお手紙をもらっていますよ。中央で通じるほどの学力は身に着けたようですね。でも貴方が学びたいこと、つきたい仕事というのは本当に貴方がやりたいことなのかしら? 校長先生には貴方がどうにか里を飛び出して中央に来ることを目的にしているのではと心配しているようです」
「それは……」
まさかここにきて図星を刺されるとは。ジブリールと校長先生が親しい間柄だとは聞いていたが、思ったよりもいろいろなことを知られているのかもしれない。
(その通りだ。僕は先生の傍に行きたいってそれだけで中央行きも将来の仕事も決めた。不純すぎる動機だから、いつも一緒にいた先生たちや校長先生には当然ばれていたんだ)
ヴィオは項垂れ下を向くと、白く長い指を絡めるようにして握られた自分の手元を目に写した。
小さなころは本当に無邪気に『セラフィン先生に会いたいから中央に行きたい』とことあるごとに繰り返していたし、わりと最近までそのようなことを学校で口にしていた自覚がある。当のセラフィンを前にして流石にそれを話すことは憚られたし、穴があったら入りたいぐらい恥ずかしい。
そもそも会うことだけが目的ならばもうすでに果たされている。こうしてヴィオは近くにいられるだけで幸せだけれど、これから共にいられるかはセラフィンの胸先三寸であり、ヴィオにその決定権はないのだ。
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