香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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略奪編

面映ゆい朝2

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「母さん、久しぶりです」

およそ5年ぶりとも思えぬさっぱりとした口調で母親にあいさつしたセラフィンは、つないでいた手を一度放すとヴィオの骨格のしっかりとした肩を引き寄せて紹介した。

「ドリの里の里長、アガ・ドリの息子でヴィオです。母さんも何度も手紙のやり取りをしていたからよくご存じですよね? 彼は中央での進学を望んでいます。今日はそのことで相談に参りました」

昨日百貨店から持ち帰ってきた爽やかな淡いミントグリーンのシャツに身を包んだヴィオは、緊張でコチコチに硬直したまま顔を赤らめぺこりと頭を下げた。

「あら、やだ、私ったら。勘違いしてしまっていたのね」

てっきりセラフィンが心に決めた、番のオメガを紹介されると思っていたジブリールもヴィオに負けぬほど顔を真っ赤にした。そして改めてヴィオに向かうと大輪の百合のように艶やかな笑みを浮かべた。

「よく知っていますよ。とても努力家で勉強熱心だと、校長も褒めていましたよ。わざわざこちらに来てくれたのね。会えてうれしいわ」

ヴィオはついに対面したジブリールの姿に感動で胸がいっぱいになった。ジブリールは思い描いていたとおりの優美な姿形をしていて、近づいたらきっとふんわりと甘いいい匂いがしそうだし、抱きしめられたら実際にそうだった。

実際は背の高いヴィオにジブリールが抱き着いているような感じになったが、ヴィオは母親に抱かれた記憶がないので柔らかなその手に抱きしめられて、照れつつもじんわり心が温まる幸せにな気持ちになった。

しばらくそうしていたら、急にセラフィンが形の良い片眉を引き上げながらヴィオと母親とを引き離しにかかった。

「それくらいいいでしょう? ヴィオも困っていますよ」

(あらあら。やだわ。やっぱり、この子ったら)

ジブリールはふふっと笑いながら息子を見上げた。昔々他の家族がソフィアリを構うと、嫉妬して引きはがしに来るのがお得意のセラフィンだった。つまりはそういうことだ。

(マダムの言っていたとおりだとしたら、セラフィンったらこの子のことを……)

しかしヴィオは真面目な顔をしてセラフィンに向かってふるふると首を振った。

「全然、困ってないです。嬉しいです。ずっとお会いしたかったから。僕は嬉しい」
「まあ、ヴィオはいい子ね」

ジブリールは長らく家に寄りつかなかった息子に悪戯を企てるようにわざとヴィオにべったりと抱き着くと、頭を下げてにっくりとジブリールに笑いかけるヴィオの頭を手を伸ばして撫ぜてやった。

「挨拶はそのあたりにしてみなさまお席へどうぞ」

相変わらず背筋の伸びた立ち姿のマリアに促されて三人は花々に囲まれた東屋へ入っていった。

セラフィンは敢えてヴィオに自分の想いを語らせて、ジブリールは熱心にその話に耳を傾けていた。一通り説明を終えるとヴィオはほっとした顔になり、爽やかな花の香りのするハーブティーを飲みつつ、ほろりと口の中で解ける甘い焼き菓子を顔を綻ばせながら頬張った。

「大体のお話は分かりました。確かに推薦状を書いて欲しいとお願いされていました。編入をするのには少し難しいかもしれませんから、次の春から入学できるように少しずつ準備を始めるのはいかがかしらと一昨日手紙を返信したところです」

(やっぱり手紙とこちらにきた僕とが行き違いになっていたんだ……)

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