香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

文字の大きさ
上 下
90 / 222
略奪編

面映ゆい朝1

しおりを挟む
朝、ヴィオはこめかみのずきずきとした痛みで目を醒ました。瞼が重くてなぜか目元少しひりついている。

(ああ、僕、昨日の夜泣いたんだ)

 ぼんやりとした頭でそう考えた。しかしすぐに自分がローブ姿のセラフィンに抱きかかえられ、なぜか衣裳部屋のマットレスの上で二人揃って眠っていたと知ると、腕の中で起き上がろうとじたばたともがいた。だが見た目よりずっと硬く逞しいセラフィンの腕はびくともせずに阻んでくる。
 彼は無意識に他の誰からもヴィオを奪われぬように、一晩中愛する少年を抱きしめて眠っていたのだ。

(僕、ちゃんと先生の寝巻き、きせてもらってる。先生はバスローブ。お風呂にも入れてもらったみたい)

 生乾きで寝たの髪の毛で視界が悪くて顔の前の毛をどけようとするとごわごわとした感触が伝わってくる。
「せ、先生。おきて。起きてください」

 セラフィンの熱い胸板につけていた顔をもぞもぞと動かしながらそう呟くと、セラフィンが僅かに身じろぎしてゆっくりと目を醒ました。

 そしてヴィオの頭の下に回した腕を動かし、ヴィオの顔が良く見えるように少しだけ身体を離すと、青い瞳に愛情にあふれた蕩けるような甘い微笑みを浮かべた。

「ヴィオ、おはよう」

 その少し掠れた声があまりにセクシーで、ヴィオは腰のあたりがへにゃりとなるような心地になった。
 衣装部屋の小窓からは早朝の白々とした朝日が差し込んでいたが、二人のいる床までは届かず、なんとなく健全な朝の風景というよりは静かで艶めかしい夜の続きのような雰囲気を醸し出していた。
 こちらを見つめるあまりの美貌にヴィオが見惚れてうっとりと彼を見つめていると、ふいにセラフィンの美しい手元がヴィオの顎を捉えて、自然な仕草でそのまま唇を寄せてきた。ヴィオはびっくりしてセラフィンの唇を掌で押し返すようにとんっと触れてしまった。

「え、あ、先生?」

 セラフィンは長い黒髪を無造作にかきあげると美しい杏仁型の瞳を見開いて目をぱちくりした。その飾らない仕草と碧い瞳の美しさにヴィオはもっとよく見たくなってまた顔を近づけて覗き込んでしまった。
セラフィンはヴィオの手首を取って意図的に唇を愛を恋うように掌にすりつけると、そのままあたたかなそれを自分の頬につけ悩まし気な表情でヴィオに向かって掠れ声を出した。

「ヴィオ、そうして無防備に顔を寄せてくるのに、今朝はおはようのキスもさせてくれないのだな。昨夜のお前は夏の宵に俺を惑わしに現れた美しい夢魔のようだったのに、今朝はまた頑なに蕾が閉じた花に戻って、つれなくて俺は哀しい」
「えっ」

 また無防備に吐息をついたふっくらした唇に、今度こそセラフィンは啄むように口づける。緊張から身を一瞬こわばらせたヴィオだが、その硬くなった唇を解くように柔らかく優しく繰り返される接吻は心地よく、ヴィオは夢見心地で眠りに落ちる前の熱く激しく妖艶な記憶の端々を思い出していた。

 間近に見えた日頃の平静さをかなぐり捨てたセラフィンの美しい顔が苦し気にゆがめられた様がすごく色っぽくて、ヴィオはそんなことを彼の腕の中で思い出しては顔を真っ赤にした。

(僕、僕、なんてはしたないことをしてしまったんだろう。先生に嫌われちゃう)

しかし当のセラフィンがそんなことを考えるはずもなく、むしろとにかく甘い仕草を繰り返してヴィオの顔中にいつまでもキスを送ってきたのだ。

「せんせぇ、くすぐったいよ」

くすくす笑いながら、ヴィオは至極真面目に考えた。

(ん? 先生からは嫌われてない? 抑制剤がきれたことで起こったことなんだし、正常だって先生も言ってたからあれは先生にとってはなんでもないことなのかな? へへ。でもなんだか、昨日のデパートといい、恋人同士みたいで嬉しいなあ)

もちろんセラフィンは思いが通じ合った(と思った)昨晩の余韻を楽しみながらそのつもりでヴィオに接しているのだが、恋愛経験ゼロのヴィオにはいまいち伝わっていない。

(大分先生と打ち解けられた。嬉しい)

それが今朝の二人。その後大人のセラフィンは特に昨晩のことには触れずに起き出すと、互いに乾かさずに眠ってぼさぼさになった髪の毛に言及した。

「実は今日はこれから俺の実家に挨拶に行く。だから身だしなみを整えていこう。俺の母は……」
「ジブリール様ですよね? 昨日マダムに聞きました。お会いしたかったから嬉しいです」

マットレスの上で両手を互いに繋ぎあった二人はニコニコと顔を見合わせるとそれからまたマットレスの上に寝転がったりと休日の朝の甘いひと時をゆったりと過ごしていた。それが今朝の話。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん
BL
【何度失っても、日常は彼と創り出せる。】 ────────── 身の回りのものの温度をめちゃくちゃにしてしまう力を持って生まれた白希は、集落の屋敷に閉じ込められて育った。二十歳の誕生日に火事で家を失うが、彼の未来の夫を名乗る美青年、宗一が現れる。 力のコントロールを身につけながら、愛が重い宗一による花嫁修業が始まって……。 ※シリアス 溺愛御曹司×世間知らず。現代ファンタジー。 表紙:七賀

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

【完】100枚目の離婚届~僕のことを愛していないはずの夫が、何故か異常に優しい~

人生1919回血迷った人
BL
矢野 那月と須田 慎二の馴れ初めは最悪だった。 残業中の職場で、突然、発情してしまった矢野(オメガ)。そのフェロモンに当てられ、矢野を押し倒す須田(アルファ)。 そうした事故で、二人は番になり、結婚した。 しかし、そんな結婚生活の中、矢野は須田のことが本気で好きになってしまった。 須田は、自分のことが好きじゃない。 それが分かってるからこそ矢野は、苦しくて辛くて……。 須田に近づく人達に殴り掛かりたいし、近づくなと叫び散らかしたい。 そんな欲求を抑え込んで生活していたが、ある日限界を迎えて、手を出してしまった。 ついに、一線を超えてしまった。 帰宅した矢野は、震える手で離婚届を記入していた。 ※本編完結 ※特殊設定あります ※Twitterやってます☆(@mutsunenovel)

番の拷

安馬川 隠
BL
オメガバースの世界線の物語 ・α性の幼馴染み二人に番だと言われ続けるβ性の話『番の拷』 ・α性の同級生が知った世界

処理中です...