香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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再会編

抑制までの2

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翌日の早朝。ジルは当直室の窓から降り注ぐ黄色い太陽の眩しさに目を細めた。徹夜したため眠っていない頭にはギラギラとしたそれは厳しいものがある。目が醒めてから夜勤でもないのになんでここにいるのかと一瞬思ったが、それはもやもやとした昨晩の出来事によるものだと思い出された。

 セラフィンの家を出てベラを連れて警察署についた時にはすでに午前1時を回っていた。勿論いったんは拘置室にいれように考えたが、一か所しかない拘置室にはすでに男性の先客がいて、一応女性であるベラは入れるわけにもいかず、まごついていたらすぐに深夜だというのに血相を変えた大使館職員から電話がかかってきたのだ。

 夜中に叩き起こされて出勤してきた署長以下、お偉方クラスと玄関先に一列に並ばされる。

 ベラこと、ベラドンナ・エドモンドとは、わが国の有力貴族『ランバート』ともかかわりの深い名門であり、テグニ国の有力貴族のご令嬢そして大陸に名だたる宝石商。大使館員は彼女の配下の者の手回しですぐに署まで調べ上げて駆けつけてきたわけだ。

 むすっとしてそっぽを向いていたジルは、彼女を迎えに来た大使館の車に向かって上司に無理やり頭を下げさせられた。

「あら、いいのよ。ジルは私の友達みたいなものだから。ねぇ? そうでしょう? 色々行き違いがあったようだけど、まったく気にしていないわ。外国に不慣れな私を保護してくれたのよ」

 ベラはいけしゃあしゃあとそんな嘘をつくが、こうなることは前もって予想していたかのようにベラは余裕たっぷりにジルに向けて微笑んだ。黒光りする車は滑るように夜の闇に向けて発進していった。

(くそ、あの女やりたい放題だな。自分の力で資料でもなんでも用意できるだろうに、なんでセラフィンの手を借りようとするんだ。まだ未練たらたらなのか?)

 大使館員ともども叩き起こされてきた所長が後ろ手がみがみ言っているが無視して車を見送りながら立ち止まる。

(いや違う、そうじゃない。自力で資料は探せるかもしれないが、フェル族はそもそも権力に慮るような人びとじゃない。それは俺とセラが一番よく知っている)

 彼らからの深い証言を得るには、いつだって自分を曝け出し、彼らの懐に入らなければいけなかった。
 それは初めの頃、社会性と社交性が低めのセラフィンにとっては非常に難しいことだったようで、度々ジルが仲立ちになっていた。

(あの女もそういうの苦手そうだものな。俺たちの集めた資料ではなく、きっと俺たちの持つ人脈が欲しいんだ)

 結局、セラフィンの鞄をひったくった件についてはうやむやになってしまい、流石にタフなジルも、一筋縄ではいかぬベラの相手に疲れ果ててしまった。

「おい、アドニア、聞いているのか??」

「あーはいはい。バルク・モルス議員にも連絡して明日、あの女との件は何とかするんでとりあえず静かにしてください。俺は眠くてたまらない」

 狡いようだがセラフィンの兄であり軍にも警察にも顔の利く有力議員のお気に入りであるジル、という立て看板が小物である所長のお小言には一番効果的な対処法だった。自分の保身さえうまく保てればどうでもいいのだろう。ある意味御しやすくてジルにとってもそれが楽だった。

 もう家に帰るのが億劫で当直用の仮眠室を借りて目が醒めた時はもう開所時間を過ぎていた。
 のっそり起き上がった無精ひげ姿のジルは、あくびをしながら署内を歩いていると、目立つ男が大きな声で署員と言い争っているのを目撃した。

 軍服を着た男がいるのは署内の窓口の部分だったが、剣呑とした様子で妙に目についた。
 丁度遺失物担当の若い女性の署員が通りがかったので、ジルは彼女を呼び止める。

「おい、なんだあの大男」

「ああ、あの軍人さん、人探しをしているらしくて昨日も閉所間際に来て騒いでいたから目立ってましたよ~ ジルさんが外に出ているときです。でも成人した男性だから探せませんって言っているのにまだ成人したてで、オメガだからとにかく頼むの一点張りで、今朝も早くからああして粘ってるんです」

「え……」

「婚約者なんですってよ~ あの人きっとアルファですよね。すごくかっこいいですもの。私オメガの男の人って見たことないから、探してみてみたいなあって思いました」

 そんな風に呑気に言って嬉しそうにしている彼女を尻目に、ジルはなにか胸騒ぎがしてくるのを止められなかった。これは刑事の勘なのか、それとも……。

 後ろ姿のその青年は軍服を着ていた。背は多分ジルと同じぐらいで服の上からでもよくわかる発達した筋肉に浅黒い肌、黒檀のように艶やかな黒髪。ゆっくりと振り返ってきた野性的だが端正な顔つきにはどこか見覚えがあったのだ。深い森のように輝く緑色の瞳と刹那、目が合う。

「君は……」

 5年ぶりに思いがけぬ場所で出会ったヴィオの従兄は、仇のような顔をしてジルのことを鋭い眼光で睨みつけてきた。

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