香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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再会編

仲裁

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 ゆっくりと女の方に近寄りながら、ジルはセラフィンに目配せをして動くように促した。セラフィンはゆっくりとベラを締め上げていた腕を徐々に緩める。暗示の余韻にまだ下肢に力が入りにくく、みっともなくも腕の力を使って寝台の上を這うようにしてヴィオの傍らに移動し、ようやくぐったりし熱い吐息をつくそのヴィオの細い身体をやっと腕の中に取り返した。

「ヴィオ、すまなかった。怖い思いをさせたね」
「せんせい、勝手に部屋をでて、ごめんなさい」

 それだけいうとセラフィンに潤んだ眼を向け微笑むヴィオを、セラフィンは額の汗も拭わずにベラによって乱されたヴィオのシャツを掻き合わせながら軋むほどの力で抱きしめた。ヴィオの蠱惑的な甘い香りに脳髄を揺さぶられるが、唇を噛みしめて我慢し、部屋にあと二人いるアルファを無意識に牽制して滑らかな項にマーキングの口づけを落とす。

「んっあぁ」

 ヴィオが急所の項に初めて与えられた淫靡な刺激に、セラフィンにだけ聞こえるほどの小さな声で喘ぎ、余計にくたりとなって顔を仰のかせてセラフィンに身をもたれかけさせた。

 ジルは日頃彫像のようなセラフィンらしからぬ血が通い生々しく人間味溢れる動作に、両眉毛を下げて一瞥をくれると、一応相棒に声をかけた。

「大丈夫かセラ?」
「なんとかな。みっともないところをみせた」

 続いた緊張からやや嗄れたらしくない声を出すセラフィンに、ジルはいつもの調子で明るく声をかけるがベラからは目を離さない。

「見せてる、の間違いだろ? もっと見せろよ。みっともないとこ。悪くないぜ」

 警棒の切っ先を向けられたままのベラは痛めつけられた腕の可動を曲げつ伸ばしつ確かめたのち、落ち着き払った顔で細いシガーを魔法のように取り出して、ふてぶてしく口元に持っていった。

「火が欲しいわ、セラ。ハンサムな警官さん? 私に何の御用があるっていうの?」
「他国の諜報員がうちの国に入り込んでいること自体が犯罪じゃないのか?」
「それは戦時中の話。今はただの宝石商よ? ただ昔の恋人に会いに来たのがそんなにいけないの?」
「俺は先日起きた窃盗未遂事件との関与を疑っている。それ以前にセラとヴィオを傷つけている。俺にとっては既に極悪人だ」
「ベラ、この家は禁煙です。吸いたいならよそにいって吸ってください」
「ねえ」

 セラフィンに抱きかかえられて安心し、だるそうにしながらも起き出したヴィオが小さな声で呼びかけるが年長者たちは気が付かない。

「また暗示をかけられたい? 大事な人たちの前で私にいたぶられたいの?」
「ねえ」
「いいかげんにしろ、この魔女」
「ねえってば! 話をきいて」

 ついに今できる限りの大声をはりあげた少年から今まで以上に官能的で強いフェロモンが香りたち、アルファはみな頬を張り付けられたかのように彼の方を見た。

「ベラさんはどうしてして欲しいことがあるならきちんと頼めないの? 先生は本当は嫌なのにどうしてベラさんのされるがままになったの? ジルさんも少し待って。お話聞いて。みんな……。ちゃんと話をしないからいけないんだよ。本当はどう思っているのか、僕の前でちゃんと話して。言わないと誰にも気持ちは届かないよ」

 三人は呆気にとられた表情になった。セラフィンは興奮したのちにまたぐったりしたヴィオの弾むような瑞々しい身体を後ろから抱き込み、労うように彼の頬に優しくに口づける。
 ジルは一身にヴィオに愛を捧げるその仕草を見て胸の奥が疼くのを感じたが、気を引き締め再びベラを睨みつけた。
 ベラは銀鼠色の瞳を大きく見開くとそのあとすぐに身体を二つに折るほど吹き出しながら大笑いをした。

 セラフィンとジルは気でも触れたかといぶかし気に彼女をみたが、ヴィオだけは笑わなかった。笑わずに、またまっすぐにベラを見つめている。

「は、はは。そんなこと私に正面から言ってきた子なんて……」

 遠い昔にはいた。健康的な浅黒い肌に、表情豊かな団栗のような瞳。人懐っこくて、どこまでも彼女を許し、彼女を愛してくれた青年。

『ベラ。言ってごらん。して欲しいことはちゃんと言葉して。僕は君の言葉を信じるよ。君の想いに、沿いたい』

(ベン、貴方みたいだわ……。本当に純真で、まっすぐで……温かい)

「先生もジルさんも、お話を聞いてあげて。お願い」

 仰のき逆さまにセラフィンをまなかいに見たヴィオはセラフィンの暖かな懐中から腕を伸ばし、愛しい男を宥めようと白皙の頬に触れてきた。背中に当たるセラフィンの呼吸は愛するものを奪われかけたことより荒く、彼の心は乱れ制しきれていなかった。しかしセラフィンは自分の頬に触れるヴィオの手を握るとその柔らかな指先の動き一つで心をすっかり落ち着けて、いつもの彼を取り戻した。

「……分かった。聞こう」
「ありがとう。せんせい」

 ベラの顔つきもまるで憑き物が落ちたかのようだ。婀娜っぽさは鳴りを潜め、高い頬骨が目立つ顔は嘲けた表情が消えると職業軍人だったころの怜悧さが戻る。部屋の中は夏だというのに冬の雪に全ての音が吸い込まれたような静けさに包まれ、三人はベラが口を開くのを我慢強く待った。
ベラは素の表情で大きく息を吸うと、思い切ったように口にした。

「……彼の、ベンの名誉を回復させたい。そのためにはセラフィンの持つ資料が必要なのよ」






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