香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

文字の大きさ
上 下
77 / 222
再会編

金色の瞳

しおりを挟む
 女の高く結い上げた場所から蛇のよう垂れる黒髪とドレスがヴィオの身体を覆い隠すように垂れ、ヴィオの骨ばっているが華奢な手首を上から押さえつつ、そのまま寝台の上で女にのしかかられた。
 人生で姉とじゃれあっていた幼いころを覗けば女性にこのような体勢を取られたこともない。恐怖と戸惑いに支配されるヴィオの甘ったるいが何か鼻を僅かに刺激し、腰に来るような官能的な香りが侵略してくた。

(この匂い、あの時のに似てる)

 ヴィオが思い起こしたのは、学校の宿舎で先生が番になった時のあの時の香り。アルファであるカレブさんが放っていたほうのそれに似ている気がした。セラフィンのように心安らぐそれではなくて、身体に絡みつくようなそれはヴィオにとってはただただ畏怖の対象としか思えなかった。

 もう一方の手でセラフィンに買ってもらったラベンダー色のシャツを襟元からどんどん緩められ大きくがばっと開かれる。素肌がひやりとした宵の空気に触れ、心細さがさらに増した。

 流石に女の子のように声を上げることは控えたヴィオだが、女の大きな掌がヴィオの腹から胸を撫でまわすことにより、二の腕の辺りまでゾクゾクっと鳥肌が立ってきた。

「若くて綺麗な身体。柔らかな筋肉が付いた引き締まった腹筋も、薄い色の胸の飾りも本当に美しいわ。皮膚も柔らかくって、甘そう。まだ誰にも触れられたことがないのね? 」

 つつっといやらしく指先で乳首をこねられ、ヴィオは頭が真っ白になったのち、腰を跳ね上げて抵抗した。自分がとても無力な子供に戻ったような心地に、悔しくて涙がまた零れる。

「触らないで」

 か細い懇願にそそられながらも女は絶対に獲物が逃げないとわかっているのか、逆に緩慢なほどの仕草でヴィオの身体を撫でまわし、足の間のあらぬ部分にまで手を伸ばそうとする。ヴィオは必死で腰をよじって逃げようとした。
だが今度は巧みに足を割ってのしかかられてしまい身動きは依然できないままだ。
 女の熱い息が耳にかかり、耳朶と穴の周りをぴちゃぴちゃと舐りながら囁かれる。

「ヴィオ。貴方発情期を迎えたことはある?」
「離して! やだやだ! 先生! セラフィン先生!!」

 必死でセラフィンの名前を呼びながらヴィオはついに大声で喚いた。
 ヴィオはベラに膝で持って股間をぐりぐりと押され、その直接的かつ卑猥な刺激に耐えながらなんとかもう片方の手で彼女の肩を押し返し、彼女の侵略を拒もうと必死だ。しかし日頃より全く力がこもらないへにゃっとしたその抵抗は女に鼻でせせら笑われてしまった。面倒くさそうに腕を払われると、その手もまとめて頭の上で女の右手に括られた。

「身体がどんどん熱くなって、自分ではどうしようもないほどの激しい性衝動と相手を自分の物にしたい欲求で身体が食い破られそうなほど。でもその飢餓が満たされたときは途方もない快感が得られるわ。試してみる?」

「あ、貴女は、そんな……」

「貴方と同じ、希少で有名な、女のアルファよ。誰の番にもなっていない男のオメガと出会えるなんて光栄だわ」

 ここまで来てやっとヴィオは得心が言ったのだ。抑制剤の切れかかったヴィオをセラフィンが部屋に閉じこもるように指示した意味が。

(この人も、先生もアルファだったからだ……。なのに僕は先生の言いつけを守れなかった)

 セラフィンと付き合っていたからてっきりオメガかベータだと思い込んでいて、この世に僅かしかいない女性のアルファである可能性をすっかり失念していた。
 未熟なオメガであるヴィオの無知無防備どちらも極まりないという悪いところが前面に出た結果になってしまった。

(これって、やっぱり、まずい状態?)

 ここにきてやっとヴィオも自分の置かれている危険な状況に思い当たった。
 パーツの大きな造作が華やかな顔で女は嫣然と嗤い、ヴィオの唇を奪いにきたのでそれがどうしてもいやで反射的に顔をそむける。

「やっぱり、貴方、発情期もまだのオメガね? いくら嫌だからって首をわざわざ差し出すなんて本当に可愛いことしてくれるのね?」

 ヴィオはそう揶揄われて泣きそうになる。脳裏に『獣性』という単語が蘇り、ヴィオは先日ひったくり犯と対面した時のようにその力を開放しようと意識を集中する。

 ざわざわと総毛が立つように力が漲り、視野が明るくなっていくのは瞳の色と瞳孔が変化して暗がりでもよく見えるようになるためだ。

 目前にヴィオの瞳を先ほどのように興奮気味に微笑み、見下ろしてくるベラの淫蕩な表情がありありと見て取れた。

「なんて素晴らしいの、獣性を開放した瞳、まるで大地の女神の持つ黄金の麦の穂みたい。神聖な輝き……。フェロモンもずっと甘く濃くなるのね? ああ、その張りのある綺麗な首筋、噛みつきたい。たまらないわ」 

 そういってにやりと笑った真っ赤な口元にはヴィオの父にもあり見慣れたアルファの犬歯が白く光るのがみてとれた。急に恐ろしくなったヴィオは集中力を切らして全身の力をすっと抜くと、逆に今度は波が寄せ返すように相手のフェロモンを吸い込んでしまう。一気に全身の力が抜けて下腹部がずんっと重くなる心地が広がり、酒に酔った時のような酩酊感とむずがゆいほどの疼きが下肢に広がり、ヴィオは海綿よりぐにゃぐにゃになったわが身を柔らかな寝台に預けた。
 ぽってりと赤い唇を半ば開き、瞼を落としたその無防備な媚態は女の中のアルファ性を刺激するにはぴったりだった。

「もう、どうにでもしてほしいって感じの蕩けた顔ね。ヴィーオ? セラフィンと同じぐらい優しく、丁寧に、大事に、抱いてあげる」

 ベラがヴィオの脈打つ首筋に真っ赤な唇を多く開いて押し当てようとしたとき、不意に寝台の下から白い手が伸びてきて彼女のドレスを引き裂くような強さでグイっと引かれる。

「……ベラ、もういいでしょう。やめてください」

 続けて寝台に腕をつき、ぐっと力を入れて起き上がる。目を醒ましたセラフィンがまだ自由に動かぬ身体を気力で立て直したのだ。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

淫愛家族

箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。 事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。 二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。 だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

Endless Summer Night ~終わらない夏~

樹木緑
BL
ボーイズラブ・オメガバース "愛し合ったあの日々は、終わりのない夏の夜の様だった” 長谷川陽向は “お見合い大学” と呼ばれる大学費用を稼ぐために、 ひと夏の契約でリゾートにやってきた。 最初は反りが合わず、すれ違いが多かったはずなのに、 気が付けば同じように東京から来ていた同じ年の矢野光に恋をしていた。 そして彼は自分の事を “ポンコツのα” と呼んだ。 ***前作品とは完全に切り離したお話ですが、 世界が被っていますので、所々に前作品の登場人物の名前が出てきます。***

処理中です...