香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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再会編

写真館3

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(ああ、やっぱりこいつ、いけ好かない。俺が愛するヴィオになにかするなんて。あの笑顔みただろ? どうみたって俺を嫌っているようには見えないだろう?)

 そうぴしゃりと言ってやりたい気持ちになった。
 昔の自分を棚に上げるが、ヴィオを利用するために近づいているように言われたのが非常に癪だった。

 しかし自然に頭の中に浮かんだ言葉が胸の中で星の如く輝きを増して、自分の気持ちを自分自身に突き付けてきたことに内心狼狽してしまう。

(愛する、ヴィオ)

 再会してわずか数日なのに、自然な形で彼に愛を捧げてしまうほど、まだ年若い彼に魅了されているのだ。

「よい子だな。なんというか、全然すれてなさそうだ」
「……そうだな。山里のある地域から一歩も出たことがなく今まで生活してきた。すれようがないほど純粋だ」

 大真面目に答えたセラフィンがおかしかったらしく、ブラントも学生時代に戻ったかのように気取らずに話を続けてきた。

「俺がハレヘの街であったフェル族のラグ・ドリも、素晴らしく魅力的な人物だったよ。戦争の英雄というだけではなくて、この世界の大きな自然そのものを身体のうちに取り込んでいるような、泰然自若とした佇まいなんだ。でも情熱的で、屈強で。全力でソフィアリを守って慈しんでいた。俺なんてとてもかなわないなと見せつけられた。なあ、俺は昔、お前に結構きつく当たってただろ? まあ、お前からもきつく当たられたけど。ソフィアリと話そうものなら、同じ顔でぎりぎり睨みつけてきて。あれは堪えたな」

「まあ、お互い様ってやつだな」

「俺もアルファだから……。思い定めた相手に振られたら辛いって身に染みてよくわかった。お前は一緒にするなって思うかもしれないけが、俺だってソフィアリ好きだったんだ。その点ではお前と同じ」

(ジルがソフィーのことが好きだったってことが印象深くて思い出したこともなかったけど、こいつもソフィーのことが好きだったな。そういえば)

 どんどん昔のことを思い出したらしく、やや興奮気味のブラントの口から次々と過去の悪事が飛び出してくる。

「だからって、あの頃お前無茶苦茶なこと色々やりすぎだっただろう? バルクさんの番に発情促進剤打って部屋に閉じ込めたり、俺にソフィーのこと家族が追放したって嘘ついたり。自暴自棄でもやりすぎ」

「そうだったな。あの頃は周りも世界も全てが俺の敵のような気持ちになっていたから、酷いことをした。すまなかった」

「え、ああ」

 セラフィンは本当にすまなそうな顔をして、黒髪がさらりと膝にかかるほど深々と彼に向かって頭を下げた。あの頃から顔を見たら一度はなじってやろうと思っていたブラントは拍子抜けしたように頭を掻いた。

「そんなに素直だと、調子が狂うな」

 顔を上げると戸惑ったブラントと目が合って、セラフィンは少しだけ照れたような顔をした。

「俺だって少しは丸くなるさ。あれからもう15年以上たってる。あそこにいるヴィオにしてみたら生まれたころの出来事みたいに遠い昔だ。……ここ数年は、俺もあの頃のことを冷静に考えられるようになった。若い頃の俺は本当に自分のことしか考えていなかったし、狭量で……。とにかくソフィーを奪われまいと必死だった。……お前達にも申し訳なかったと詫びたい気持ちもあったが……。でもいまさら蒸し返すことが正しいかどうかもわからなかった」

 そういって眉目を美しく顰めて悩ましげな表情をブラントに見せつけたから、彼はもっとうろたえた。

「やっぱりソフィアリに似ているな……。俺は昔からその顔に弱いんだ。お前は運が良くて、ギリギリのところで誰も人生の致命傷までの傷は負わなかった。感謝するんだ。女神がお前の未来を尊んでくださったとな」

(そういう考え方もあるのか……)

「もう水に流すから、あの子と一緒に写真に写ってあげるといい」

目じりに僅かに皺を寄せたあの頃よりもずっと穏やかな笑顔が心の底からそう思ってくれているとセラフィンに教えてくれた。

二人が話をしていると遠慮がちにちょっと離れたところにいたヴィオに向かってブラントは先に歩み寄っていった。

「ヴィオ、私と写真に映るか?」

こくりと頷くヴィオに微笑みかけながら二人で明るいスタジオの中へ戻ったいった。

その後二人で映る写真を撮り直してもらった。
カメラマンがなんだかんだとポーズに注文を付けてくる。どうしてだか二人で手を取り合って見つめあうように言われて流石に断ろうかと思ったが、ヴィオが期待に満ちたまっすぐな目で見上げてくるので嫌と言えなくなってしまった。

ブランドに見られているのは非常に気恥ずかしかったが、とにかくヴィオのためならばと写真が苦手なセラフィンもそれなりに頑張って笑顔で納まろうとしたのだった。

ブラントといつか食事に行く約束をしてから、ラズラエル百貨店をあとにした。二人は、アパートメントのある駅まで戻るとセラフィンの行きつけの店で食事を手早く済ませることにした。
ヴィオが夕食後の分の抑制剤を持ち合わせておらず(急に出かけることになったため)とりあえず早めに帰宅するに越したことはないとセラフィンが過保護にせかしたせいもある。

外に出ると夏にしては涼しい風が吹き、上着を着ていてもなんとなく二人は近づいて歩いた。星が瞬く道をのんびりと寄り添って、セラフィンは隣を歩くヴィオから甘い香りが漂ってきていることに気が付いていた。

(抑制剤の効き目が思ったよりも薄い? 適量を処方しているはずだが、未成熟な間は色々と変化しやすいのだろうか)

「先生、今日も中央のことを教えてください。湖水地方のこととか」
「湖水地方か……。そうだな。来週にでもいってみるか」

別に明日明後日の休みにでもいけなくはないが、ヴィオも慣れない生活の中で初めての休みとなったのでゆっくりさせてやりたかった。フェロモンの不安定さもそのせいかと思ったからだ。

なんにせよ、明日は休みだし、ジルもくる。平日は夜になるとすぐに就寝していたから、ヴィオが眠たくなるまでは三人で色々話をしてもいい。あれからの5年のヴィオの話をゆっくり聞いてやりたかった。

(明日になったら……。ヴィオをモルスの家に連れて行かねばならない。本当は離れがたくて連れて行きたくないっていったら、ジルは自分で言いだしたくせにって呆れるだろうな)

アパートのある通りを歩いていくと、入り口付近の街路樹の隣に車が止まっているのが見えた。こんな時間に住人の誰かが止めていたのだろうか。隣りを通り過ぎて門をくぐろうとしたとき、ぞわっとする声が背後から掛けられた。

「お帰りなさい、セラフィン」

忘れもしない、低いが艶っぽく、腹の奥まで深く響く独特の声。

「……ベラ」

アパートメントの入口の前に止められた黒光りする車の中から現れた人物によって、その夜と週末の楽しい予定はすべて粉々に砕け散ってしまった。






















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