香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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再会編

過去の疵3

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扉を元気に背中で押して固定したヴィオはセラフィンと共にジルを見つけてなおさら顔を明るく輝かせた。

「ジルさん! この間はありがとうございました」
「ヴィオ、元気そうだな。仕事はじめたんだってな?」
「はい!」

 面接初日からいきなり働き始めたヴィオの給仕生活も今日で3日目。まるでもうずっとこんな生活をしているかのように自然にセラフィンのもとに帰ってくる。そのたびにセラフィンは心が満たされ温まる居心地の良さを味わっていた。

 見ればドアを大きく外側にあけたヴィオは背中で戸を押しながら足元に置いた大きな紙袋を再び抱えなおしている。
 ふちまでパンパンに黒っぽい服のようなものが詰め込まれているのが見えてセラフィンは驚いた。

「ヴィオ、それは?」

「あーこれ。受付のサンドラさんが息子さんのお洋服のお古をくれたんです! 僕、ここに来るとき服をあんまり持ってこなかったからいつも似たような格好をして朝来てるでしょ? ちょっと大きいかもしれないけどってくださったんですよ~」

 そういうヴィオは確かに朝はきていなかったはずの、見慣れないややダボっとした地味な上着を身に着けていた。

(なんということだ……。俺としたことがヴィオの持ち物が少ないことを知っていたくせにそのまま放置してしまった)

 ヴィオは夜に自分の服を風呂場で洗濯して、そのまま風呂場に干していることは知っていたが、流石に失礼だろうと人の持ち物を細かく確認してはいなかった。

 似たような服が多いなと思ってはいたが、そういえばあのリュック一つにどれほどの服が入っているかなどと想像したらわかりそうなものだ。
 内心はさあっと血の気が引いたセラフィンはヴィオの前では余裕ありげな顔をしてにっこりと微笑んだ。

「わかった。とりあえずその服は今度車で来た時にでも取りに来ることにしてここに置いていこう。今日はもう私も仕事が片付いたから、クリスタルアーケードにでもいってヴィオの服を選ぼう。幸い明日はヴィオも仕事が休みだから食事をして多少遅く帰っても大丈夫だろう?」

「クリスタルアーケード……」

 何故か曇ったヴィオの表情にセラフィンも秀麗な眉目をひそめる。

「気に入らないのか?」
「いえ。違います。嬉しいです。行きましょう!」

(この三日、新しい環境に慣れることに夢中になってて、一瞬忘れてしまいそうになってた。姉さん……。カイ兄さん……。)

「ヴィオ。私に何か話していないことはないか?」

 ヴィオは紙袋から中身が飛び出しそうなほどぎゅっと握りしめて大きな瞳をうるっとさせたが瞬間口をつぐんで何も言わない。セラフィンが根気よく彼が話し出すのを待っていると、小さく呟いた。

「……僕自分でお洋服買ったことがないんです。中央のお洋服の値段がどのくらいかもわからないから、だから一度家に帰ってお財布にお金を足さないと難しいって思っただけです……」

 セラフィンはそんなことか、といった顔をして立ち上がると白衣を脱いでロッカーに入れてすぐさま鞄を取り出した。そして代わりにヴィオの抱えていた紙袋と他の男の匂いの染み付いた上着をはぎとるように脱がせ、ぽいぽいっとロッカーの中に放りこんで鍵を閉めた。

 その大人げない様子にジルは吹き出すがそれ以上にセラフィンがヴィオを誰よりも大切に思っていると透かしみえて、胸をちくりと刺す焦燥感のようなものが押し寄せてきた。

「お前に金を出させるわけはないだろう。素直に年長者に甘えるんだ。行きつけの店があるからそこでいいな?」

(行きつけの店。先生の行きつけ。見てみたい)

 その単語にときめいてしまってヴィオは破顔一笑してそれはもう嬉しそうな様子になったのでセラフィンも思わず見惚れるほどの優しい顔で微笑んだ。

 先ほどまでのセラフィンの憂いをあっという間に吹き飛ばしておひさまのように暖かく照らす。ヴィオの圧倒的な陽の力にジルは到底かなわないなあと苦笑した。

「ジルさんも一緒にいくんですか?」
「いや、実は俺まだ仕事中なんだよ。先生、今晩遅くなるけど家にいくからさっきの話の続きをしましょうね? ヴィオはいい子だから早く寝るんだぞ」

 目をぱちくりしながらも素直に頷くヴィオの頭をジルは撫ぜて先に部屋を後にした。
 ヴィオとセラフィンは二人は戸締りを確認すると、いそいそとクリスタルアーケードに向けて職場を後にした。










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