香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

文字の大きさ
上 下
61 / 222
再会編

過去の疵2

しおりを挟む
 セラフィン首を巡らせるとやや下を向き、結ばれていないくせのない黒髪が揺れ、肩口からジルの腕を撫ぜる様にさらりと落ちていった。
立ち昇る彼自身の香りに、アルファ同士であるとか関係なくジルは欲をそそられる。

「身体の自由を奪われたまま、意に沿わないセックス。お前の言葉を借りるなら……、あれは凌辱っていうのかもな」

 そう言って振り返りジルと目を目が合うと、自嘲するように嗤った顔が痛々しく見えて、ジルはなおさら抱きしめる腕に力を込めた。

「いえよ。そいつの居場所。俺が殺してあんたを解放してやる」

「いいんだ。あの女に縋ったのは若かった自分の過ちだ。自業自得。一時の快楽に身を投じてそれに溺れた。あの人は俺に従順ですべてを受け入れあの人を愛するように仕向けられたけど、俺には無理だった。俺にとってもあの人にとっても一番大事なものの代わりにはなれなかったってことだ。聞いて楽しい話じゃないだろ? すぐ忘れてくれ」

「俺はずっと、あんたの全てが知りたかった」

 いいしな、再び音を立てて唇を奪うと、セラフィンは目元を細め嫣然とした仕草でジルに笑いかけてきた。

「物好きな奴」

「どんな暗示がかけられてたんだ?」

「暗示でセックスの最中はあの女がソフィに見える様にされてた。ほんと、おぞましくて軽蔑するだろ? 紫の小瓶を振りまかれてソフィーのフェロモンを感じながら、あの人の思うままに動くよう操られた。若い俺はそういう倒錯的な快楽に溺れきって、どんどん深みに嵌った。彼女は彼女なりに俺を気に入ったんだろうな。我ながら使い道が多いから。一応アルファだし、軍や議会に親類がいる、母方も有名だ」
「それに美人だしな」
「……よせよ。それで彼女は俺をまるごと支配しようとした。その反面、保護者面して色々なことも教えてくれた。ある意味、人生の師みたいなものだな」

 そこまで聞いて、ジルはなんとなく直観的に、セラフィンがヴィオにしてやろうとしていることはその女の動きを無意識になぞっているのではないかと思った。癪だが。

「あんな魔性みたいななりで、情が深いところがあったから。でもまあ……。互いに愛し方が色々相容れなくて結局、思う通りにならないならいらないって言われたのは俺の方なんだけどな」

「一度手放したのに、またあんたを手に入れようとしに来たのか? 逃がすには先生って魚は惜しすぎたんじゃないか」

「わからない…… いやそもそも彼女が俺に関わってきたこと自体が元を出せば別の意図があったから、それが本命だろう。俺の持ってる資料を欲しいのだろう。それが俺が無視したからあっちも意地になったんだろ。俺たちどっちも素直じゃないから」

 素直かどうかで片づけられるような問題なのかジルには複雑なセラフィンの感情が理解できなかったが、資料というのが気になった。

「資料?」

「そう、資料。俺に彼女が近づいたのもそれが目当てで、でもあの頃は持っていなかったから。それよりも、ジル。頼みがある」

「オレに頼み事したら高いですよ。キスじゃ足りないな」

「直ぐに里に帰るだろうと思ってたんだが……。ヴィオはこっちで少し頑張ってみたいらしい。俺はその気持ちを大切にしてやりたい。だから俺に何かあったらヴィオの手助けをしてやってほしい。ベラがうろついているうちはヴィオをずっと手元に置くのが心配だから、近いうちに……いや、明日にでも、うちより環境の良いモルスの本宅に連れて行こうと思う。進学のことで母に相談させ援助させる名目でそのまま住まわせてもらうよう頼んでみる」

 それにはジルも瞠目した。セラフィンはいまでも頑なに実家に近寄ることを毛嫌いしているからだ。
「近くに住んでるのに全く寄り付きたがらない家族にも、セラはヴィオの為ならいくらでも頭を下げるんですね。……ヴィオは本当に、先生の特別だ。わかりました。でも俺も力を貸しますから、その女とのトラブルを解決しましょう。俺に貴方を守らせてください。そもそもひったくり犯も案外つながってるかもしれないし、一石二鳥だ」

 その時、寄り添う二人の隣にあった扉が大きくノックされたのだ。
 そして廊下中に響き渡るのではないかというほど元気なヴィオの声がした。

「先生お仕事終わりましたか~? 看護師さんがこっちに来てるよって教えてくれました! 一緒におうちに帰りましょう!」

 セラフィンがジルから身を離すと、ジルは少しだけ不満げな顔をして扉を開ける。

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

【完】100枚目の離婚届~僕のことを愛していないはずの夫が、何故か異常に優しい~

人生1919回血迷った人
BL
矢野 那月と須田 慎二の馴れ初めは最悪だった。 残業中の職場で、突然、発情してしまった矢野(オメガ)。そのフェロモンに当てられ、矢野を押し倒す須田(アルファ)。 そうした事故で、二人は番になり、結婚した。 しかし、そんな結婚生活の中、矢野は須田のことが本気で好きになってしまった。 須田は、自分のことが好きじゃない。 それが分かってるからこそ矢野は、苦しくて辛くて……。 須田に近づく人達に殴り掛かりたいし、近づくなと叫び散らかしたい。 そんな欲求を抑え込んで生活していたが、ある日限界を迎えて、手を出してしまった。 ついに、一線を超えてしまった。 帰宅した矢野は、震える手で離婚届を記入していた。 ※本編完結 ※特殊設定あります ※Twitterやってます☆(@mutsunenovel)

番の拷

安馬川 隠
BL
オメガバースの世界線の物語 ・α性の幼馴染み二人に番だと言われ続けるβ性の話『番の拷』 ・α性の同級生が知った世界

Endless Summer Night ~終わらない夏~

樹木緑
BL
ボーイズラブ・オメガバース "愛し合ったあの日々は、終わりのない夏の夜の様だった” 長谷川陽向は “お見合い大学” と呼ばれる大学費用を稼ぐために、 ひと夏の契約でリゾートにやってきた。 最初は反りが合わず、すれ違いが多かったはずなのに、 気が付けば同じように東京から来ていた同じ年の矢野光に恋をしていた。 そして彼は自分の事を “ポンコツのα” と呼んだ。 ***前作品とは完全に切り離したお話ですが、 世界が被っていますので、所々に前作品の登場人物の名前が出てきます。***

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

処理中です...