香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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再会編

恋人2

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「ついに話してくれる気になった? 俺があんたのことをどう思っているか知ってて、俺から距離を置いた。それで女と会ってるんじゃないんですか? ヴィオが急にきて困ってるなら俺がヴィオを預かりますよ」

「だから何の話をしてるんだ? 距離なんて置いてない。ここのところ本当に気乗りしないことが多くて……」

 苛ついた口調のセラフィンに、ジルも仕事を忘れてつい声を荒げた。

「誤魔化さないでくださいよ。見るからに素人じゃなさそうな妖艶な感じの、黒づくめの服の年上の女……。俺が一月ぐらい前、先生んちを訪ねていったとき、部屋の近くで一度すれ違ってる」

 その時のことを僅かに思い出してセラフィンは不快げに眉をひそめ、身体をすくめた。その反応をジルはセラフィンが踏み込まれたくない一線に踏み入ったのだと感じたが逃がさずに話を続ける。

「あの晩先生んとこ寄ったら家の鍵が開いてて、先生は裸で寝台の上に倒れてた。揺り起こしても茫然自失って感じだった。覚えてる?」

「……」

 セラフィンは返事をしない。セラフィンの不実をなじるような口調になっていくのを感じつつもジルはさらに続けた。

「身体はもう、明らかにまぐわった跡ありありの……。いつも冷静なあんたがどんな風にあの女を抱いたのかって、どれだけ乱れて女を貪ったのか想像して、正直死ぬほど妬けたよ。……でもさ先生、意識が朦朧としてるあんたは死ぬほど色っぽくて、そのまま俺があんたを抱いちまいたかった。ぐったりしてたから手を出すの我慢して身体を綺麗にして寝かしてやった俺を褒めて欲しいぐらいだ」

 ジルはここ一か月胸に渦巻いたまま確認できなかった荒っぽい本音を今このときとばかりセラフィンに遠慮なくぶつけた。
 ジルのセラフィンへの気持ちは性愛交じりのそれであることは隠したことはない。アルファ同士の自分たちはぎりぎり交われず、だが互いを手放す理由もなく、結構温く気楽で甘い関係に浸って共存してきた。

 でもたまにこうしてジルが揺さぶりをかけて、本当は違った関係を求めているのだとセラフィンにわからせる。『もっと奪いつくしたい、あんたに飢えている』と、欲を灯した目で訴えかけるのだ。

「そのまま目を醒まさなかったから、俺は明け方合鍵でドアを閉めて家に帰った。あの時、綺麗にするために身体を見たけど、凌辱されたのかってぐらいに無茶苦茶にべったり爪痕とか手形とか……、噛み痕もあったな……」

 するとセラフィンの顔色が真っ青にみるみる変化していった。白い額には脂汗が滲み、ぐらりとかしいだ身体を体重では僅かにまさるジルががっしりと掴み、腕の中に抱きしめる。気づかわし気に頬を撫ぜると、小さく苦し気な吐息をついている。ジルはセラフィンの様子のおかしさに気が付き慌てて詫びる。

「ごめん、思い出したくない方の記憶だったか? 黒髪の迫力のある、先生ほどじゃないがなかなか美人だった。剣があっておっかない感じだったけど……。ただまあ、あぶない性癖? 実はそういう危険なプレイが好きなのかと判別がつかなかったといっちゃあ……」

「あの日、お前俺のところに来てたんだな……。お前が言うその女が来てから朝までの記憶があいまいで朧気なんだ……。途中はもやがかかったみたいに」

「何があったのか全部は覚えていないのか?」

 口元に手を当て大きく息をついたセラフィンは記憶を辿るように青玉の瞳を下向きに伏せる。足から崩れそうな風情だったので、その間もジルは彼を抱えるようにする。

「何者なんだよ、あの女?」

「本を出版した後に手紙をもらっていた古い……」

 彼女を形容する言葉を濁すセラフィンを、後ろから腕を伸ばして広い胸の中に囲い、その肩に顎を載せてジルは耳元で囁いた。

「古い知り合い? 違うだろ。恋人か、さもなきゃ愛人だろ?」
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