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再会編
貴方の元へ1
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姉からの指摘にヴィオは戸惑い何も言えなくなったが、リアは逆にさっぱりとした顔で笑って、自分が持っていた深紅の鞄の中から花柄の叔母手作りポーチを取り出した。
「これ、当座のお金。といっても旅行用のお金なんだからこれで一人暮らしをはじめられるような金額じゃないわよ? ちゃんとした宿をとっても一週間は余裕で暮らせると思うから。でもちゃんと帰りの旅費は使い込まないでおいて、まずその協会ってとこにいって話が済んだら一度帰ってらっしゃい。世間知らずのあんたがいきなり一人で暮らせるほど、都会は甘くないわ」
「姉さんは……。大丈夫なの?」
大好きなカイや親せきに嘘をつかせることになる。そんなこと許されるのだろうか。姉を結果的に巻き込むことになり、ヴィオはそれが心苦しいのだ。
弟の表情からそんなことはお見通しのリアは、カイの前での猫を被った姿でなく、いつも通り大口を開けて豪快に笑った。
「カイ兄さんがこの結果見て、私がいいっていったら、無理やり親戚一同の前で私との結婚を宣言させて逃げ場をなくしてやるんだから。大体さあ、ヴィオがオメガじゃなかったら私ととか、失礼極まりないじゃない? 好きだから結婚するっていうのじゃなきゃ、嫌だわ。でもまあ、そういう馬鹿なところは私が直してあげるからいいわ。私がカイ兄さんを好きだからいいの」
「は、はは。姉さん。やっぱりかなわないや」
泣き笑いの弟に抱き着くと、確かに弟は心身ともに大きくなったとリアは思った。小さかった泣き虫ヴィオが里を離れていく。内心リアもたまらなく寂しい気持ちになる。
「じゃあ、私。クリスタルアーケードにいくわ。兄さんがいきなりあんたを探しに行くとか言い出すかもしれないからどこ行ったことにしようかな……。私たちに気を利かせて湖水地域の動物園にでもいったって言っておくわね。それで先に里に帰ったっていうわ。明日里に帰ってから、ヴィオは中央で仕事を探すって別行動することになったって話して……」
「姉さん、震えてるよ。大丈夫? 無理しないで」
腕の中に抱き寄せた震える姉の肩が頼りなげに感じて、ヴィオは姉を置いて離れることに罪悪感が押し寄せてきた。
「大丈夫よ。できるわ。できるから。ただあんたが心配なだけ。多分カイ兄さんは今日の夜に私たちに番の話を切り出すつもりだったんでしょうね。だからきっと一緒にいたら色々ばれちゃうわ。だって、あんたすぐ顔に出るし、嘘つけないんだもの」
しかし、このチャンスを逃したら里からすぐにここまで帰ってくることは困難になるだろう。その時は二度と里に帰れない覚悟で出てこなければならない。甘いからもしれないが、ヴィオには昨日の今日でまだその覚悟がなかった。
「私いくわね」
「駅まで送るよ」
「いいの。駅まで兄さんがきてるかもしれないでしょ? あんたはもう電車に乗って先に行ったってことにするから少し時間をずらしていきましょう。でも無理しないで。何かあったら宿に来るのよ。駅と場所、わかるわよね? 来るなら早く来てね。暗くなってからはここの界隈は治安は悪くないらしいけど、街によってはまだまだ危ないっていうから……」
「わかったよ。姉さん。大丈夫。僕はもう子供じゃない。力も強いし、多分本気を出したら今の父さんぐらいだったら倒せるよ」
そんなことをいって笑うが、それは実際のところ事実なのだ。ヴィオはあれから身体も鍛えて、心身ともに壮健な若者になった。
そう思ってリアはゆっくりと弟から身を離すと、駅に向かって歩き出した。後ろを振り向かずにひらひらと蝶々のように掌を振りながら。
ヴィオは涙で姉の姿が滲むのを感じたが、ぐいっと拭うとそのまま姉のすらっと美しい後姿を目に焼き付けようとした。
日頃はズボンばかりはいている、大きな足さばきで歩くその姿。緑のスカートと赤い鞄をゆらゆらさせながら、姉は颯爽と駅の方へ消えていった。
ヴィオは気合を入れようと、自分の両掌でぴちゃぴちゃと頬を叩いた後、鼻をすすって背筋を伸ばした。
「いこう、やろう」
小さく呟くとヴィオは病院へ向かう階段へ向かい引き返していった。それはもちろん、病院に務めているかもしれないセラフィンのことを探すためだ。
午後の診療の時間が終わりに差し掛かっているため焦って噴水広場から病院へ続く階段を駆け上がりながら、元きた場所に戻っていく。エントランスの横の案内所に人がいるとここに来た時確認しておいたのだ。
案内所にいた手元に目線を落としていた叔母ぐらいの年頃の女性に単刀直入にヴィオはできるだけ明るくはっきりとした声を出して尋ねた。
「すみません。こちらにお勤めのセラフィン・モルス先生はどちらの階にいらっしゃいますか?」
「モルス先生? 外来の先生よね?」
当然、ここに今いるかどうか分からないのでそこは曖昧に頷く。病院の仕組みはヴィオにはまるで分らず、その上この病院にいるのかすらわからない。
軍の病院にいるという事実しか知らないのだ。それでもここに来たついでであるし、
右側がヴィオたちが先ほど検査を受けた病棟で、一般向けの病棟。左側が軍関係者に対する病棟や研究棟になっているのだそうだ。
左側にはまた別の入り口があって守衛さんが立っているのではいっていけない。先生があちら側にいるならば会うことは叶わない。いやそもそも外来にいても仕事中には会うことはできないだろう。
女性はなにかの表をめくりながら確認してくれた。
「あ、あった。モルス先生、今日はいらっしゃるわよ。日によっていらっしゃらないこともあるけど」
その返答にドキドキと心拍が上がってヴィオは自分が病気なんじゃないかと思うほどの動悸に見舞われた。
(先生に、会えるかもしれない!)
「これ、当座のお金。といっても旅行用のお金なんだからこれで一人暮らしをはじめられるような金額じゃないわよ? ちゃんとした宿をとっても一週間は余裕で暮らせると思うから。でもちゃんと帰りの旅費は使い込まないでおいて、まずその協会ってとこにいって話が済んだら一度帰ってらっしゃい。世間知らずのあんたがいきなり一人で暮らせるほど、都会は甘くないわ」
「姉さんは……。大丈夫なの?」
大好きなカイや親せきに嘘をつかせることになる。そんなこと許されるのだろうか。姉を結果的に巻き込むことになり、ヴィオはそれが心苦しいのだ。
弟の表情からそんなことはお見通しのリアは、カイの前での猫を被った姿でなく、いつも通り大口を開けて豪快に笑った。
「カイ兄さんがこの結果見て、私がいいっていったら、無理やり親戚一同の前で私との結婚を宣言させて逃げ場をなくしてやるんだから。大体さあ、ヴィオがオメガじゃなかったら私ととか、失礼極まりないじゃない? 好きだから結婚するっていうのじゃなきゃ、嫌だわ。でもまあ、そういう馬鹿なところは私が直してあげるからいいわ。私がカイ兄さんを好きだからいいの」
「は、はは。姉さん。やっぱりかなわないや」
泣き笑いの弟に抱き着くと、確かに弟は心身ともに大きくなったとリアは思った。小さかった泣き虫ヴィオが里を離れていく。内心リアもたまらなく寂しい気持ちになる。
「じゃあ、私。クリスタルアーケードにいくわ。兄さんがいきなりあんたを探しに行くとか言い出すかもしれないからどこ行ったことにしようかな……。私たちに気を利かせて湖水地域の動物園にでもいったって言っておくわね。それで先に里に帰ったっていうわ。明日里に帰ってから、ヴィオは中央で仕事を探すって別行動することになったって話して……」
「姉さん、震えてるよ。大丈夫? 無理しないで」
腕の中に抱き寄せた震える姉の肩が頼りなげに感じて、ヴィオは姉を置いて離れることに罪悪感が押し寄せてきた。
「大丈夫よ。できるわ。できるから。ただあんたが心配なだけ。多分カイ兄さんは今日の夜に私たちに番の話を切り出すつもりだったんでしょうね。だからきっと一緒にいたら色々ばれちゃうわ。だって、あんたすぐ顔に出るし、嘘つけないんだもの」
しかし、このチャンスを逃したら里からすぐにここまで帰ってくることは困難になるだろう。その時は二度と里に帰れない覚悟で出てこなければならない。甘いからもしれないが、ヴィオには昨日の今日でまだその覚悟がなかった。
「私いくわね」
「駅まで送るよ」
「いいの。駅まで兄さんがきてるかもしれないでしょ? あんたはもう電車に乗って先に行ったってことにするから少し時間をずらしていきましょう。でも無理しないで。何かあったら宿に来るのよ。駅と場所、わかるわよね? 来るなら早く来てね。暗くなってからはここの界隈は治安は悪くないらしいけど、街によってはまだまだ危ないっていうから……」
「わかったよ。姉さん。大丈夫。僕はもう子供じゃない。力も強いし、多分本気を出したら今の父さんぐらいだったら倒せるよ」
そんなことをいって笑うが、それは実際のところ事実なのだ。ヴィオはあれから身体も鍛えて、心身ともに壮健な若者になった。
そう思ってリアはゆっくりと弟から身を離すと、駅に向かって歩き出した。後ろを振り向かずにひらひらと蝶々のように掌を振りながら。
ヴィオは涙で姉の姿が滲むのを感じたが、ぐいっと拭うとそのまま姉のすらっと美しい後姿を目に焼き付けようとした。
日頃はズボンばかりはいている、大きな足さばきで歩くその姿。緑のスカートと赤い鞄をゆらゆらさせながら、姉は颯爽と駅の方へ消えていった。
ヴィオは気合を入れようと、自分の両掌でぴちゃぴちゃと頬を叩いた後、鼻をすすって背筋を伸ばした。
「いこう、やろう」
小さく呟くとヴィオは病院へ向かう階段へ向かい引き返していった。それはもちろん、病院に務めているかもしれないセラフィンのことを探すためだ。
午後の診療の時間が終わりに差し掛かっているため焦って噴水広場から病院へ続く階段を駆け上がりながら、元きた場所に戻っていく。エントランスの横の案内所に人がいるとここに来た時確認しておいたのだ。
案内所にいた手元に目線を落としていた叔母ぐらいの年頃の女性に単刀直入にヴィオはできるだけ明るくはっきりとした声を出して尋ねた。
「すみません。こちらにお勤めのセラフィン・モルス先生はどちらの階にいらっしゃいますか?」
「モルス先生? 外来の先生よね?」
当然、ここに今いるかどうか分からないのでそこは曖昧に頷く。病院の仕組みはヴィオにはまるで分らず、その上この病院にいるのかすらわからない。
軍の病院にいるという事実しか知らないのだ。それでもここに来たついでであるし、
右側がヴィオたちが先ほど検査を受けた病棟で、一般向けの病棟。左側が軍関係者に対する病棟や研究棟になっているのだそうだ。
左側にはまた別の入り口があって守衛さんが立っているのではいっていけない。先生があちら側にいるならば会うことは叶わない。いやそもそも外来にいても仕事中には会うことはできないだろう。
女性はなにかの表をめくりながら確認してくれた。
「あ、あった。モルス先生、今日はいらっしゃるわよ。日によっていらっしゃらないこともあるけど」
その返答にドキドキと心拍が上がってヴィオは自分が病気なんじゃないかと思うほどの動悸に見舞われた。
(先生に、会えるかもしれない!)
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