香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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再会編

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 姉弟はそれぞれ別室で身体の隅々まで調べられ測られ、そして結果が出るまでにはやはり数時間かかった。採血もされ、粘膜を取られ、こんなところまでどうしてというような首周りまで図られて、朝早くからの移動も手伝ってヴィオはくたくたで廊下の硬い木のベンチに戻ると、同じくカイがいないため素の表情で疲れ切った姉も隣に座る。けして愉快と言えない時間が過ぎて、二人して結果を聞きに診察室に入った。

 しかし共に診察室から出てきたあと、姉と弟は互いに無言だった。
 ただただ足早にその場を立ち去ろうとする姉にヴィオは焦りと動揺を感じる。


 狭くはないが廊下には他にも患者がいるのに駆け足に近い速さの姉を追いかけて、ヴィオは流石に危ないとその細きっと弟を睨みつけてきたリアの大きな瞳には涙が滲み、ギラギラ光る緑色の目に憎しみと言っていいほどの激しい感情が透かしみえる。
 ヴィオはその激しい眼差しに心臓を射抜かれ、棒立ちのまま思わず姉の腕を取り落した。
 姉は痛むほど掴まれた腕を無意識にさすりながら、眉を吊り上げ感情のままにヴィオに向かってくる。

「ヴィオはどうせ知ってたんでしょ? 自分がオメガだって、薄々気がついてたんじゃないの?」

 いきなり姉から核心をつかれてヴィオは顔色をなくし、姉は嘲けながら吐き捨てる様にヴィオに詰め寄る。

「やっぱりね。あんたすぐに顔に出るから分かるわ。カイ兄さんと番になる約束でもしてるの? 二人してずっとコソコソして。イヤらしいったらないわ」
「そんな約束してないよ!」
「嘘! 兄さんがあんたを見る目。私が気が付いてなかったとでも思ってるの!」

 廊下で見目麗しい、よく似た一対の男女が大声を張り上げるさまは流石に悪目立ちしすぎた。目が合った看護師の女性がこちらに駆け寄ってくる前にヴィオは姉を促す。

「姉さん。場所変えよう。外でよう」

 そういったヴィオの手には先ほど医者から渡された封筒が忌々し気に握りしめられていた。

夏でも涼しい気候の中央で、殊更涼しい噴水のへりに姉はとっておきのスカートを着ているのにハンカチも引かず普段通りどかっと大胆に腰かける。ヴィオはリュックを背からおろして足の間に置くと、姉から少しだけ離れて座った。
 風向きで漂ってきた噴水のミストが二人の血が上った頭を冷やしていくようだ。

 子どもたちが吹いていたシャボン玉が目の前をフワフワと通り過ぎる。散歩していた犬がそれに食いつこうとして飼い主が止め、といったコミカルな光景もただ網膜にうつるだけで何の感情も浮かばない。

 ヴィオは姉からカイとの仲をそんな風に疑われていたことをショックに思いつつも、冷静に考えればそう見えて仕方がないと納得もしていた。

 大分時間が経ち、それでも話しかけてきたのは年長者の姉の方からだった。

「言い過ぎた。ごめんなさい。ヴィオがカイ兄さんに興味がないのわかってるのに。里に帰ってきた兄さんが久しぶりにあんたを見た時、いつも以上に目の色が変わったのをみて、私ずっと焦ってた」

「姉さんどこまで知ってるの? 僕は父さんとカイ兄さんが、姉さんがオメガだったら姉さんとカイ兄さんが番って、僕だけがオメガだったら、僕とカイ兄さんが番うって話してるのを偶然聞いちゃったんだ……」

 リアもカイのヴィオへの接し方のただならぬ雰囲気はとっくにお見通しだったのだろう。

「そんなことだろうと思ったわ。父さん、本当に勝手。でもまあ昔から里の中で一番年頃の近いアルファとオメガを家長が決めて番わせるのが伝統だから、父さんもカイもそれにこだわってるのよね…… それにもしも私がオメガだったとしても、きっとカイ兄さんはあんたを選ぶと思うわ」

「どうして?」

 姉は心底あきれた顔をして、里でのうわさ話や言い伝えにまるで興味なく、それを良しとされ皆から大事に特別扱いされて育った弟を心底憎たらしく思った。

「フェル族の男にしてみたら、数が少ない男のオメガはすごく魅力的なのよ。あんたは里で女同士でしてる『夜の話』のことも知らないわよね。力も強くて身体も大きいフェル族の男が同族以外の女と番うと相手は早死にするとか子をなせないとか。同族の女であっても手加減抜きで愛するには体力に差がありすぎるから穏やかに、自分を半分押し殺して愛する。でもフェル族の男のオメガは身体も大きいし、多少乱暴に扱っても全力で愛を受け止められる生命力がある。だからみんな憧れるって」

「何それ……。そんな話知らないよ」

「末っ子のあんたはみんなが特別扱い。大事に過保護に育ててきたから下世話な話なんて耳に入っても来なかったのよね。そもそもドリの里は男のオメガが最初の里長。時代が時代で、あんたがオメガだったら、伝説のオメガみたいに沢山の夫をもって里を再興させてくれるってみんな期待しただろうし、そこまでしなくてもきっとみんなあんたを里長に推薦したいでしょうね。
父さんは母さんに瓜二つのあんたが可愛くてしょうがないけど、顔を見るたび母さんを思い出して苦しいって。お酒の席でいってたのきいたわ。……母さんと同じ目の色。母さんと同じ笑顔だって……。本当はずっと手元に置いておきたいのに、あんたが学校に行きたいっていうからあんた可愛さに学校ができる時の支援もして……。みんなあんたばかり欲しがって可愛がって……。私はあんたが憎たらしかった」

 初耳の話ばかりでヴィオは頭がついていかれない。そして自分が今までどれだけ周りのことを見えていなかったのか思い知ったのだ。

「……リア姉さん」
「でも、弟だから、私だってあんたが可愛い。だから私も苦しいの」

 噴水の水が噴き出す音や広場ではしゃぐ子どもたちの声だけが耳につき、二人はまた黙ってうつむいた。

「それで、どうするの? ヴィオはカイ兄さんと番うの?」

「それは……、僕は兄さんとは番たくない。……本当に、僕自分がオメガだなんて考えたこともなかったんだよ。それは信じて。発情期にもなったことないし、ぴんと来ないよ」

 昨日カイに抱きしめられたことは流石に姉に黙っていた。やはりあれがカイのフェロモンであるならば、以前は感じなかったそれが分かるようになってきたこと自体、少しずつオメガとして成熟している証なのかもしれない。


 
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